不幸の一角
ああ、しんどい。
本当にしんどい。
なんでこんなにもしんどい?
分かりきっている。
そんなの、全て私の不幸が原因。
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産まれて即座に親に捨てられた私。そして捨てられた場所がよりにもよってカタギでない方の本宅だった。不憫に思った親分が拾って育ててくれはしたけど私が中学を卒業した頃にぽっくり逝っちゃって、まあ結構なお歳だったから仕方ないよねとか泣きながら葬儀に参列してたら、なぜか一部の組員に姉御とか呼ばれ始めて。マジできついなんの冗談これとかドン引いていたら拾ってくれた親分の息子、つまり次期親分が私を目の敵にし始めて。この組の頭をかけて正々堂々勝負しようじゃねぇかなんて恐ろしい火蓋を切ってくれて。いやいやいや頭って何?私いつ頭になりたい言いました?ここまで立派に育てていただきましてとても感謝しております、今しがた働ける年齢に達しましたのでこれからは社会に出て恥ずかしくない職に就こうと思っておりますが何か?うっわきっつい、逃げるなこのクソアマって叫びながら日本刀持って追いかけられるのはいただけない。正々堂々どこいった!十五歳の丸腰少女に殺傷能力抜群なブツ掲げて鬼ごっこするのって正々堂々?ねえ私正々堂々の意味どこで覚え間違えた?絶対おかしいよこれ!狙ってないから!この組の頭とかまじでいらないから!なんならお金払って押し付けてあげてもいいから!だから十五歳少女の命を狙うのはやめよう!?
荒くなる息を極力殺して邸内を見渡す。
そう、ここは極道さまの本拠地、拾ってくれた親分の邸宅である。ついさっきまでは私のお家だった筈だ。いつの間にか戦場になってた。そして誰一人として手を差し伸べてくれない組員ども。
分かってる。この組の私側の勢力は今、全員出払ってるんだよね。そんでここにいるのはあの馬鹿次期親分側の勢力の奴らだけなんだよね。そんな所にノコノコ足を踏み入れた私が悪いんだよね。
分かってるけど…!
誰か一人でも助けてくれたらいいじゃない!昔からずっと一緒に住んでたじゃない!遊んでくれてた…ことはないけど同じ屋根の下一緒に生活したじゃない!目を合わせてくれたことはついに一度も無かったけど!
非情な奴らを睨みつけながら池の裏にある大きな木の後ろに身を隠す。必死に思考を働かせながら息を整えていると、遠くから奴の叫び声が聞こえてきた。
「さっさと出て来んかい!ちょこまか逃げくさりおって!五秒以内に出て来んかったら両手切断だけじゃ終わらんなるぞ!」
おかしいおかしいおかしい。壮絶におかしい。あいつ自分の言ってる意味分かってるのか?ならなんで両手切断は決定してんの?てかあの脅し文句で出て行く女子中学生がいると思ってるの?なんなのあいつはバカなの死ぬの?
ゴンッ
どこからか聞こえてくる鈍い音。なんだなんだと木の端から顔を覗かせてみればうわぁびっくり私のいる木のちょうど表がわに突っ伏していらっしゃる次期親分さま。なにしてんのこいつ。もともとヤバイやつだとは思ってたけど自ら木に突っ込むようなヤバイやつだとは思わなかった。いつの間にそっちに目覚めていらしたの。
「お怪我はありませんか、菜花嬢」
!
ですよね、次期親分さまがそっち方面に目覚めていらしたならこの組の勢力は分かれたりしませんよね、みんな一丸となって追い出しますよね。
じゃあ何か。そんなの答えは決まっている。気の影からひそりと顔をもたげる私に笑顔で話しかけてくるこの男が、やつを木の幹にめり込ませたのだろう。
「…問題ない。どこも痛くないから。だから私に荷造りさせて」
一刻も早くこんな所から出ていく。
なぜ出払った筈の男がここにいるのか、なんて考えは頭の隅に置き去り淡々と言葉を紡ぐ。すると彼は笑みを崩さぬまま思考を巡らせたようで一息入れた後に優しい声で語りかけてきた。
「申し訳ありません菜花嬢。非常に残念なのですがその願いは聞き入れられません」
にっこりと、世の女達がため息をつくような美麗な顔をさらして、彼はばっさりと私の申し出を断った。
……………………………断った!?
この、いつでも何でもどこでも私の願いをずっとこなしてきたこの男が!?従順に犬のように幼い子供に振りまわされても文句ひとつ言わずついてきていた、この男が!?
「どっどうして!すぐに出て行くから!この組で邪魔者でしかない私はひっそりと何処かで暮らして二度と貴方達の前に姿を現さないから!だからせめてお願い!今だけ時間稼ぎに付き合ってよ!」
まさか昔から信頼をおいてたこの男にまで裏切られたのか私は!そんな馬鹿な…心当たりがありすぎて困る!
「…本気で仰っていますか?」
ことり、と首を傾げた男。なるほど、顔のいいやつはどんな仕草をしてもキマっているな。だから冷気を漂わせるのはやめてほしい。初めて見るお前の怒気にこっちはちびりそうだ。てか『本気で』ってどういう意味だ?
…ああそうか、私が出て行って二度と顔を合わせないというのが信じられないんだな。再び訪ねてきて金をせびられでもしたらたまらんと、今ここで私を葬ったほうが話は早いと。
「ほっ本気!超本気!本当二度と来ないから!出て行ったらここでのこととか綺麗さっぱり忘れるから!」
なんとかこの本気っぷりを伝えようと声を張り上げるのに、どうしてかそれに比例して急降下していくまわりの温度。
「…左様でございますか。非常に残念ですよ、菜花嬢」
にっこり笑顔をたたえた彼は私との距離を詰めるべくゆったりとこちらのほうに歩き始めた。
かっ勘弁して欲しい!そんな冷たい空気孕んだ状態で来られるとガチで怖いから!
かつ…かつ…と詰められる足音に一歩、また一歩と後ずさる私。
「菜花嬢?何故逃げられるのですか?」
短的に言ってやろう!
マジで泣き出す五秒前だからだ!
ごめんなさいごめんなさい、あっちほっといてこんなの投稿しててごめんなさい。
でも超楽しいです。
書いててかなり楽しかったんです。
…二足のわらじ頑張ります。