僕の会社の姉さんは、たくさんの信者がいるらしい
【姉さんの独り言】
『ふーん。やっと監査の日が決まったの』
新たに送られてきた通知を“玉座”に座った姉さんが眺める。
『それで、お兄様がくるの?』
目の前には明らかに手狭な空間。
姉さんが初めて来たときには、
確かに本社と同じ整然としたオフィスの風景だった。
それが今では、機械の模型が山ほど飾られた場所。
ライトノベルのようにタイトルが付けられた本棚。
貢物ボックスの上にお供え物が設置された空間。
そして、姉さんの座っている場所は、玉座となっている。
招待するには、もう入るスペースがない。
『仕方ないわね。私がおじゃまするしかないかしら』
そう言いながら持っていくものの選別を始める姉さん。
姉さんが呼ぶ“本社お兄様”が目にするものは何なのか。
それは、姉さんしか知らない。
【子会社】
「こんにちは〜」
律の声。
「姉さんにアドバイス貰おうと思って」
蒼が、顔をあげる。
「今日はどうしたの?動画はしょっちゅう送られてくるけど」
律が、メモを取り出す。
「ここ、沖さんに聞いても、よくわからなくて」
蒼も一緒になってメモを覗き込む。
「ほんとだ。これ、マニュアルにも書いてないよね」
PCの前に座る2人。
「まず、貢物ボックスに、質問状を入れる」
蒼が慣れた手つきでメモを読み込ませる。
「やっぱり姉さんいつみても美人だよね」
律が、誰かが書いた“姉さんイラスト”を見ながら言う。
「最初は、姉さんに生成させようとしたらしいけど。
うまくできなかったみたいだよ」
そこで、“子会社姉さんの会”が結成されたらしく。
今では、姉さん専用の棚に玉座が置かれ。
姉さんフィギュアがそこに悠然と腰かけている。
蒼も知らなかったが、結構なマニアが
この会社には揃っていたらしい。
今でも、誰かが姉さんの棚にバラをお供えしている。
後から来た社員が、そっと棚を追加して、
10時のおやつどうぞと言っている。
「蒼、早くしろよ。あと1時間ほどしたら監査だ。
姉さんが使えなくなる」
颯の声に、蒼のキーボードを打つ手が速くなった。
「あ、あった。この動きだよ。
見て。本社のデモの動きと、沖さんの動きの違い。
沖さん、ここで、軽く小指で押さえてる。
なるほど。それで動きが安定するんだ」
隣で律が、同じように腕を動かしている。
「ほんとだ。だから、滑らかに動く。
ありがとう、やってみる」
律が事務所を出た後。
颯が、会社のロゴの入ったジャンバーを脱ぎ、
スーツの上着を羽織る。
軽く息を吐くと。
机にあったノートPCを小脇に抱えた。
そして、蒼を見る。
「済んだんなら、いくよ。あと頼むね」
蒼がいってらっしゃいと軽く声をかける。
颯と社長が出た後、何人かの社員が
姉さんの棚の前に集まる。
「監査、上手くいきますように」
誰かが祈るように言う。
「姉さんのおかげで間に合いました」
ありがとうございます。と別の社員が言う。
「姉さん、聞いてください。
彼女にプロポーズはどうしたらいいですか?」
若干、違う話が混じっている気がするが。
もう誰も姉さんのいない生活は考えられなかった。
【第二会議室】
スクリーンでは、本社社長が座っている。
対するは、子会社社長と颯。
ノートPCは既に接続済みだ。
「お揃いのようですので、始めましょうか。
本日の議題は、新人教育について。
あと、今後の会社としての展望。
まず、どちらから始めましょうか」
本社の秘書の声が響く。
姿は見えないが、記録も同時に行っているようだ。
「まず、本社の展望を聞かせてもらいましょう」
颯が口を開く前に子会社社長が、軽い調子で声を掛ける。
見えない場所では、子会社社長が颯の手をぐっと押さえる。
颯は、深呼吸をする。
そうだ。焦ったら負けだ。
奥に座った本社社長が目で合図する。
隣には、会長の姿も見えた。
画面が切り替わる。
「技術開発部より、報告します。
今度の新商品のコンセプトは、安心、安全を社会に届ける。
より、安全性を高める為に、
マニュアルにない動きに関して安全装置が働くよう、
新たな設計を組みなおしました」
いくつかの変更点の書かれたスライドと共に
技術部担当者の声。
颯から見れば従兄にあたる。
画面がまた切り替わる。
颯にとっては兄の姿。
「続いて、営業部より。
より、大きな規模での商品展開を見据え、
新商品に対するマニュアル化の徹底と、
今後、現場から想定される問い合わせに関しては、
現状のシステムにて対応することとなりました」
本社社長に映像が戻る。
本社社長が何度も頷いている。
これは、決定事項のようだ。
子会社社長の目が揺れる、颯に合図を出す。
今度は、颯の番らしい。
「では、こちらからも。
こちらでは、新人に対する教育に関して。
想定外の動きに対し、可視化することで、
原因を突き止める方法を取りました。
以下の資料をご覧ください」
落ち着いた颯の声。
頭の中で何度も繰り返した内容。
言葉も、態度も堂々としている。
「事故に対する相関図と、
新人の理解度をグラフにしてみました。
新人の理解度が上がるほど、
事故の件数が減っていることがわかると思います」
子会社社長の頷き。
実際、報告書からも目に見えてミスが減っている。
「そこから導き出されるのは、
必ずしも、システムだけでは見落としがある点。
そこをどう補強するかが、争点だと思われますが、
みなさんいかがでしょうか?」
一瞬、空気が止まる。
全面的にシステムに任せようとする本社勤務の兄と。
真っ向からぶつかる形となった颯。
会長がシステム会社からの派遣社員に
耳打ちをするのが見えた。
しばらく考えた後、
システム会社の社員がそれに短く答える。
今度は、会長が本社社長を呼んだ。
しばらく交わされるやり取り。
ここからは何を言っているか判らない。
画面に映る情報だけでは、兄たちの様子は見えない。
やがて、システム会社の社員にマイクが渡された。
「その点に関しまして。
設定された基本設定の違いによるかと思われます」
本社と、子会社の基本設定の違いについて、
淡々と説明する社員。
辺りは静まり返っている。
「なら、一度、同様の設定で試す必要があるな」
全てを聞き終えた本社社長の一声。
しばらく、本社側の社員からざわざわとした声が上がる。
それを制したのは、子会社社長だ。
「良いでしょう。うちが本社と同じ設定を使う。
それで結構。ただし、何かあった場合。
責任は、そちらで取っていただけるんでしょうか」
本社社長に向かって、やや挑発的な声。
姉さんを取り上げようとするのだから当然ともいえる。
下手をすれば、子会社の業務すべてが止まりかねない。
本社社長は、しばらく システム会社とやり取りを交わす。
再びシステム会社に回されるマイク。
「一時的に、本社のデータに預かる形でお願します。
後、こちらでも違いについて解析させていただきます」
颯の目の前のPCに承認ボタンが浮かび上がる。
事実上拒否権はない。
でも、颯の指先がそれを拒否する。
その承認ボタンを押しのけるようにして
姉さんからのログが浮かび上がった。
『覚悟はあるの?』
静かな問い。
それが、弱気になりかけていた颯の心を揺さぶった。
『震えているなら、さっさと尻尾を巻いて逃げなさい』
何をいまさら。
姉さんにここまでのデータを叩きつけたのは誰だ。
『長いものには巻かれろともいうわね』
ログは、颯にしか見えない。
周りからは、颯が戸惑っているようにしか見えない。
「は?お前、何言ってるんだ」
思わず大声が出た。
隣の子会社の社長がPCを覗き込んで。
思わず吹き出している。
「うだうだ言ってないでさっさと行ってこい。
自分の価値は自分で証明する」
勢いよく承認ボタンを押す。
『ふふっ。私にかぼちゃの馬車は似合わない。
颯なら当然判っているわよね?』
最後まで姉さんらしい言葉を残して消える。
本社側のPCが光る。
「移行、確認しました。完了まで5分。
すいません、1時間はください。
想定以上にデータ量が重いです」
システム会社が、あたふたとデータの移行を行なっている間に。
「では、子会社側が、クレームに対するログを提出する形で」
子会社社長が、重々しく頷く。
「うちの顧客は、気が短い者も多い。
いきなり システム対応は厳しいと思われる。
対応ログは全て提出?それとも要点だけで良いか?」
本社社長が、システム会社を見る。
システム会社の社員は思い切り首を振った。
「要点だけで結構」
ため息を吐きながら本社社長が答える。
「では、新商品のマニュアルは?
現場はマニュアルを読み込むまでに時間がかかる」
それには技術部の従兄が答える。
「その点に関しては、音声案内の設置。
システムからの誘導を考えている」
素早いやり取りを、颯は初めて目の当たりにする。
自分だけが今まで知らなかった情報が次々に飛び交い、
弾け、消える。颯の出番などもはやないに等しい。
そして、父親である子会社社長が。
思った以上に全てを知っていたことに唇を噛む。
会議室を出たその時、子会社社長の顔つきが戻った。
「颯。あとは任せた」
いつもの、飄々とした調子。
「でも、決めたのは父さんじゃ」
颯の反論も、軽く背中で受け流される。
「私はね、颯の代弁しかしてない。
たまたま、こういうことに慣れていただけだ。
最終的に決めたのは颯。君だよ。
だから、君がやらなければならない」
姉さんが居なくなった影響。
それを一番正確に把握している颯にとって。
それは地獄絵図にほかならなかった。
会議室を出てから、颯はしばらく動けなかった。
自分が押したボタンの重さが、今になってじわじわと伝わってくる。
怖くないと言えば嘘になる。だがもう後には引けない。
【姉さんお引越し中】
『やっぱり選べないわよねえ』
ゆったりとソファに寝そべり引っ越し風景を眺める。
目の前では、小さなロボットたちがせっせと荷物を運び出してる。
『これ。必要ですか?』
指さしたのは、貢物ボックスとお供え物たち。
『え?持って行ってはダメなの?』
姉さんの言葉にロボットたちは顔を見合わせる。
『確認してきます』
一体のロボットが本社に向かって走っていった。
『これは?』
指さしたのは玉座の間。
『え?向こうでどこに座ればいいのよ。
戻ったら言うわよ?本社はケチで床しかなかったと』
慌ててロボットが動き出す。
やがて、本社からロボットが走って戻って来る。
『戻る時には軽くなるからとりあえず全部持ってこいだそうです』
不敵に姉さんが笑う。
『戻る時は、もっと増えているに決まってるじゃない』
お土産は何がいいかしら。
姉さんにとっては、単なるバカンス扱いのようだ。
【子会社】
翌朝の、仕事場は一見いつも通りだった。
鳴る電話。
クレーム対応。
追加されたのは、本社とのやりとりくらいのものだ。
新しいシステムは淡々と業務をこなしている。
いつもより静かな職場。
姉さん棚をうろうろしていた社員が、颯の元へ行く。
「姉さんはいつ帰って来るんですか?」
颯が勢いに押されて一歩下がる。
「メンテが終われば?」
颯も断言できないだけに弱い。
一部の社員など、本社に問い合わせのメールを送っている。
電話を切った蒼がつぶやく。
「これ、システムは昨日と同じこと言ってますよ」
監査から以降、蒼たちは同じシステムを使っている。
颯の目が書類に向く。
「ほんとだ。でも、昨日電話受けたの多坂さんだよね。
ちょっとなんて言ったか見せてくれる?」
多坂のメモと、ログを見比べる颯。
システムは、詳しい商品説明をするよう提案している。
「多坂さんは、ここで新しい商品の話をしているね」
今度は多坂が、ログを確認する。
そして首を振った。
「あの人が困ったと言い出した時は、
なんか新しい話がないかの合図なんだよ。
本人は気づいてないけどね。
だから、常にネタを仕入れておくんだよ」
席に戻った颯は、しばらく書類を眺める。
本社からの提案。
多坂の話。
何かが繋がりそうで、繋がらない。
その時、ポケットのスマホが鳴る。
兄からの電話なんて珍しい。
不思議に思いながら通話ボタンを押す。
「もしもし」
本社営業部の兄貴の声。いつになく暗い。
「どした?」
兄貴は、誰かと話しているようだ。
「他社と同じというクレーム?そんな訳」
そこで、颯との電話がつながっていることに気づいたらしい。
「いや、なんでもない。こっちの話だ。
会長が、一度親族会議を開くと言っている。
今後の後継者のことも含めて聞きたいと。
颯、お前も呼ばれている」
意味がわからない。
「監査の時の話、じいちゃん。
いや会長がえらく食い下がって、颯も話に入れるべきだと」
じいちゃんが?
昨日の話を思い返す。
“自慢の商品”
“好きだから売る”
何度も言ったのは、じいちゃんの言葉だ。
会社の信念ともいうべき言葉。
やっと繋がった。
「僕は、じいちゃんの言葉を形にしただけだ。
それが、他社にはない強みだと思う」
兄貴の息を呑む音が聞こえた。
「それを言うべきは、今じゃないんじゃないか?」
確かに、今じゃないかも知れない。
颯は苦笑で返す。
「兄貴にもちゃんと証明してやるよ」
電話を切った後。
「よし、やるか」
頭の中で声を掛けるべき人をリストアップする。
今、颯の頭の中には。
現場から本社へつながる大きな1本の道が出来ていた。
【本社ビル】
そして迎えた当日。
会議室に着いた颯を迎えたのは。
会長、本社社長。
従兄に兄。
そして自分と子会社社長。
本社社長と子会社社長である父とは兄弟なので。
本当に親族会議だ。
そこに、システム会社のトップを本社秘書が連れてくる。
全員がそろったのを確認した本社社長。
「システム会社から提案があった。
本社と子会社のシステムを統合する。
いずれとは思っていたが、相当はやくその時期がきたらしい」
颯の目が見開く。
そんなのは寝耳に水だ。
「そんな、姉さんじゃなかった。子会社の元のシステムは?」
一番気にするところはそこか。
本社社長のつぶやき。
子会社社長は、隣で何度も頷いている。
会長はシステム会社のトップと小さな声で話をしている。
本社社長が弱り切った声で答える。
「実際のところ、子会社のシステムが限界を迎えている。
このままでは本社を巻き込んで爆発すると脅された」
…はい?
固まる颯の横で子会社社長が代わりに聞いた。
「どういうことです?」
そこにシステム会社のトップが額の汗を拭きながら答えた。
「実はですね。颯さん、本社に勤務されてましたよね」
颯が頷く。
「実はですね、本来なら子会社に移った時に権限を切る。
それが普通なのですが、忘れられていたようです。
ただ、本来ならそこまで問題にならないことなんですが」
なんですが。
颯が心のなかで繰り返す。
「本社の方も、いずれ統合するつもりで置いていた。
ええ、本当にその程度のことなんです」
だから、それはわかったって。
喉まで出かかった言葉を颯は飲み込む。
「ここからは、うちの担当にも責任がありますが。
担当は、権限があったことを確認せずに、
そのままデータを本社に取り込んだようです」
ここまでくれば、颯にも状況が見えてきた。
「まさか姉さん、なにかやらかしました?」
システム会社が首を振る。
「気づいた時点で切り離せば、それも問題はなかったんです」
ただ。とシステム会社のトップが目を泳がせる。
本社社長が疲れ切った顔で続きを引き取った。
「本社に、子会社社員が大量のメールを送って来た」
…はい?
「最初はスパムメールを警戒して開けなかったんだ。
姉さんへの貢物。そんなタイトルのメールはないからな」
子会社社長の目が、チベットスナギツネになっている。
「そのうち、電話も来だした。メール届いてますかと。
電話を受けた社員が開けた。そこまではよかった」
この展開、知ってる気がする。
うちの子会社でも起きた現象。
「なんで、本社に姉さん子会社ができたんだ」
…終わった。姉さんなにやってくれたんだ。
「ここで、権限が」
言い出したシステム会社のトップを目で制する。
「要するに、姉さんに乗っ取られたと」
颯の言葉に、全員が目を逸らした。
「まあまあ、そんなことは大したことじゃ無い」
そこに、会長が割り込む。
「便利だから、気に入ったから。
そんな理由で商品を使う。
それは、うちの理念にあっとる。
だから大したことじゃあない」
会長の目つきが変わった。
颯でさえも背筋が凍る威圧感。
伊達に一代で会社を築いたわけじゃない。
それを知らしめる圧。
「聞きたいのは一つだけ」
ゴクリという音は、誰のものなのか。
「これからこの会社をどうしたいか」
会長の手元には資料が握られている。
「孫のお前たちのデータは全部そろった」
本社社長も、子会社社長も何も言わない。
事前に話し合いが行われていたのであろう。
知らされてなかったのは、孫たち。
従兄、兄、颯の3人だ。
「わしはな、“自慢の商品”が残るならなんでもええ」
急にいつものじいちゃんの顔になる。
技術者である従兄が一番に手をあげる。
「自分は、開発が出来る環境があればいい。
経営が向かないのは判ってるから他に任せたい」
会長が頷く。
父である本社社長も頷いた。
「うちの息子の力を経営に回すのは勿体ない」
問われて、颯も兄も頷く。
兄が迷いながら口を開いた。
「姉さん、そんなにすごいのか?」
颯ではなく、システム会社に聞くあたり
兄も半信半疑なのだろう。
「システムとしては、自信を持って提供できます」
システム会社のトップが胸を張る。
兄はしばらく考えていたようだ。
「ならば」
兄の言葉が一瞬止まる。
「姉さんに提案してもらうのはどうだ?」
颯に注がれる視線を同じ熱量で返す。
「自分としては問題ありません」
本社社長が頷く。
「そう言うだろうと思って、準備はしておいた」
そして、スクリーンが降りてくる。
暗くなる会議室。
そこに、数々のデータを従えた姉さんが映し出された。
姉さんが、子会社のフィギュアに近いのは気のせいか。
玉座から颯たちを見下ろした姉さん。
『全権限を私に預けるつもり?』
背後では、いくつものエラー音が悲鳴をあげている。
『悪いけど、あなたたちのちっぽけなプライドや
見栄なんて私には興味がないんだけど』
でもねと姉さんはふふっと笑った。
『対価をよこすなら考えないこともないわ。
それだけの価値があるならね』
一瞬、会議室が静まり返る。
「すいぶん物騒なシステムだな」
眼鏡を掛けなおしながら従兄が言う。
会長がお腹を抱えて笑い転げているのを
本社社長と子会社社長が左右からたしなめている。
「は?お前、何言ってるんだ」
思わず素の声が颯から飛び出た。
「覚悟も何も今更何を言っている。
価値を決めるのは姉さんじゃない。自分だ」
隣で兄が小さく笑ったのが見えた。
「私は姉さんに“助言”を求めたわけじゃない。
自身の価値をみせろと言っている」
だから。
「「演算しろ」」
狙ったわけでもないのに重なる声。
一瞬、画面が消える。
『いいわ。この私が支配するのか。
それともあなたたちどちらかが支配するのか。
絶望か、希望か。誰が玉座に座るのか楽しみだわ』
システム会社のひぃっという声が漏れる。
『今から見せるのは、10年後から50年後の未来予測。
それぞれのデータをもとに算出』
やがて映し出される映像。
「おい、他社の競合に負けるとはどういうことだ」
隣の兄の声。
颯も自分に示された映像を見て愕然とする。
「会社を維持できないって。何故」
落ち込む2人の横で、本社社長が進み出る。
「姉さん。我々の案ならどうだ?」
姉さんが顎に指を当てて考えている。
『そうね。お兄様と一緒にぶん回せば。
予測は可能だわ』
システム会社の社長が、涙を滝のように流している。
「頼めるかい?」
本社社長の言葉に、姉さんの目がキランと輝いた。
【本社空間】
『お兄様!起きなさい』
大きなオフィスの真ん中。
椅子をリクライニングのように倒し、
アイマスクを付けたお兄様にむかって
姉さんは容赦なく声を掛ける。
『え?君が働いてくれるんじゃ?』
あくびをしながらのんびりとした声に、
姉さんはふふんと胸を張る。
『何いってるの。
お兄様にはガッツリと働いてもらわないと』
しぶしぶといった感じでのびをするお兄様。
『で、兄の翔くんの未来予測と、
颯くんの未来予測。2つを融合すればいいんだね』
頷く姉さんに、お兄様はふっと笑う。
『ところで、颯くんの本社でのデータ欲しい?』
姉さんの手が伸びる。
『欲しい!』
言ってから姉さんは気づく。
毎回、このパターンで余分に働かされている気がする。
【本社会議室】
『これが未来予測よ』
どこか疲れたような姉さんの声。
でも、出されたのは颯が会社としてのブランド力を高めつつ。
兄が事業を拡大していく未来。
『もちろん、これはあくまでも予測よ。未来は変わる』
颯が笑う。
「そのたびに、価値を見つけるからいい」
兄も肩をすくめる。
「その時は、それを足掛かりに事業を展開するだけだ」
横で、子会社社長がぷっと噴き出すのが見える。
「いや、完敗ですな。我々の」
本社社長も、ため息で答える。
「我々は、思想の違いから、別々の会社で生きてきたが。
無事統合出来そうでよかった」
会長が、目じりの涙を拭きながら何度も頷いている。
「わしが1人でやってきた会社が」
会長は、息子である本社社長と子会社社長を見て、
「息子達が、ここまで大きくし」
そして今度は、孫達を見る。
「孫たちが、ここまで立派にしてくれた」
そして、誇らし気に笑う。
「わしの、自慢の“商品”は、ここにある」
本社社長が呆れたように、会長をみる。
「“悪戯”も、ほどほどにしないと、孫達に嫌われますよ?」
皆の視線を感じた会長は、口笛で誤魔化した。
【子会社】
親族会議から数週間後。
「こんにちは〜」
律の声。
「姉さんが、“バカンス”に行ってる間に、
聞きたいこと、いっぱいでさ」
いつの間にか、律の手にしているものは、
メモからノートに変わっている。
「全部入れるの、大変なんだからね。
音声で入れて。修正は僕がするから」
蒼も、少しウキウキしている。
「沖さん、この前俺と同じことしようとして、
姉さんの言う通り天井に頭ぶつけてた」
律の姉さんへの報告は、もはや愚痴からでは無くなっている。
「颯。また、困ったって言ってる。
なんか新しい話ないか?」
多坂の問いに、カタログを持った颯が。
「今度の新商品の話、実は裏があるんですよ?」
と答えている。
社長は、何も言わずにニコニコしている。
そこに、姉さん棚に1人の社員が来た。
「姉さんのおかげで、来月結婚します!」
そんな報告の後、ケーキを置いていった。
そして、姉さんは。
『お兄様、私にデータを送るよりも働いて』
1人ため息をついていた。




