第四話 エドとあやしい自販機
さて、ここで少しだけ、この世界の魔法の話をしよう。
難しくはない。三種類ある。それだけだ。
誰でも使える公用魔法。
土地や一族に根づく慣用魔法。
そして、持っているだけで人生が楽になる固有魔法。
普通はね、この固有魔法があるかどうかで、魔法使いの価値はだいたい決まる。
持っていなければ落ちこぼれ。持っていれば期待の星。分かりやすい世界だ。
……なのに、である。
固有魔法を持たない男が、なぜか最前線に立ち続けている。
しかもその男、今日はやけにやる気がない。
というか、もう寝る気だ。
寝袋を広げ、「任せた」と言って、あっさり目を閉じた。
残されたリサは、ため息を一つ。
くだらない魔法と小さな花。
その言葉が、少しずつ形を変えながら、彼女の背中を押していくことになる。
エリックたちはいま魔法を使って移動しなかったことを後悔していた。
——なぜなら、いま砂嵐の中を目をつむりながら歩いているからだ。
「エリックほんとにここを突っ込むしか行く方法ないの?」
「仕方ないだろ、陸路だろここしかないんだから。」
エリックはけろっと答える。
「空路を使えばいいじゃないですか。私たち魔法使いですよ。私だって浮遊魔法くらいは使えますよ。」
リサの姿は見えないが呆れているのが声色でわかる。
「景色を楽しみたかったんだ。」
エリックがそう言うと、急に砂嵐が巻き起こり、顔に砂がかかり砂まみれになる。
リサはちゃんと防御魔法を使って砂を防いでいたため全く砂が付いていない。
「ちょ、防御魔法はずるいだろ。」
「当然です。防御魔法を使わない方がおかしいですよ。」
リサは砂嵐から抜けた砂だらけのエリックの砂を魔法で丁寧に落とす。
「さて……。」
エリックは顔を上げて視線の先の街を見つめる。
「あそこがエドだ、リサわくわくするね。」
「てか、なんで自販機の魔物の討伐をするんですか?」
リサが聞くと急に申し訳なさそうにエリックは言った。
「実は、一年前にギルドで受けた依頼をまだ終わらせてなくて……。それがこれ。」
「ほんと、呆れた人ですね。」
リサは肩を落とす。
「で、催促の魔法通知が協会から来て、ガチでやらないと。って思ったから来た。」
(その依頼が攻略されないから困る人もいるというのに……。)
リサはあまりのいい加減さに返す言葉もなかった。
砂嵐の向こうに、街の喧騒と人々の声がかすかに聞こえ始める。
埃をかぶった石畳、木造の家々……あれが、エドだ。
「さぁついた。さっさと依頼を終わらせるよ。」
エリックはついて早々薄暗い路地に入る。リサはじめじめとし、異臭がする道に嫌悪感を覚えながらエリックの後に続く。
路地を右に曲がり、真っ直ぐ進み、左に曲がり——。
まるで迷路のような路地を体感一時間くらい歩いた時、
あったのだ。街並みに全く合わない自販機が。
「時間かけさせんなよ、あれだ、A級の自販機魔獣だ。」
エリックはなぜか杖をださない。
「戦わないんですか?」
「何言ってるの?リサ試しに戦ってみてよ。」
(え?急に戦闘まかせる普通?てかエリックの依頼じゃないの?)
リサはとりあえず杖を取り出して杖に魔力を集中させる。その横でエリックは、魔法障壁の練習をしていた。
(無駄に努力家なのね。)
リサは自販機の魔物に様子見の公用魔法を放つ。しかし傷一つつかずそこにたたずんでいる。
公用魔法は誰でも学べるごく一般的な魔法である。リサなどの魔法使いは当たり前のように練度が高い状態で放てる。
(これ魔物じゃないじゃないの?)
リサは一瞬思い背中を向けて帰ろうとしたが仕事は続くことを悟った。
ガゴン——。ガゴン——。と何かが擦れる音がしたからだ。
(噓でしょ!嘘でしょ!)
リサがゆっくり振り返ると自販機の取り出し口に牙が付いた魔物が目の前に迫っていた。
「ギャー!」
リサは咄嗟に火炎魔法と防御魔法を同時展開する。
(へぇ。同時展開が反射で出せるのか……。興味深い。)
エリックはリサを全く助けずに観察を続ける。
「ちょっとエリック援護くらいしてよ。」
リサは死にかけたのでちょっとムッとして言う。
「まぁ確かに俺がやれば瞬殺だろうな。でもそうしたらリサの経験にならない。じゃ、頑張って、僕は寝るから。」
エリックはそう言って地べたに寝袋を敷いて寝始めた。
(なんでこの状況で寝れるのよ。)
リサはエリックの図太さにツッコみをする。
(さて……。)
「どうするかね?」
リサは自販機魔獣を見上げて少し眉をひそめる。リサは改めて杖を握り直し、魔力を手元に集中させる。
「動きが遅く見える魔法」
リサが魔法を唱えると自販機魔獣の動きがカタツムリのように遅く見えた。
(まさか、ここでお兄ちゃんがお土産で持ち帰った慣用魔法を使うときが来たなんて。)
慣用魔法はその土地や一族に根ずく魔法。
習得には専用の魔導書が必要で正規の魔法体系には含まれないものが多い。
エリックが集める魔法の大半も慣用魔法に分類される。
「火炎弾」
リサはすぐさま自販機魔獣の正面にしか視野がないことを狙って火炎弾を放つ。
しかし塗装がちょっとはげただけであまりダメージにならない。
「硬貨の津波を出す魔法」
自販機魔獣はリサに向かって黒い液体にきらきらとした硬貨が混じった津波をだす。
リサは防御魔法を展開したが直撃を防ぎれない。
(防御魔法を貫通……。これがあいつの得意カード)
固有魔法は所持している人物にしか使用できない特別な魔法であり魔法使いにとっては大抵、最大の武器となる。
固有魔法が持たない魔法使いは、たいてい落ちこぼれとされ馬鹿にされる。
——彼を除いて。
「…すぅ…すぅ……」
その”例外”は少し離れた場所で寝袋にくるまってリサと自販機魔獣の戦闘がまじかにあるのに熟睡を続けている。
(なぜ起きない!?この状況で……!?)
リサは一瞬だけそちらに視線を向けて自販機魔獣へと意識を戻す。
本当に私一人でやらないといけないらしいです。
「ねえ、エリック」
「んー?」
「なんで戦闘前に寝袋用意してるの?」
「長期戦になるかもしれないから」
「なるの私でしょ!?」
「安心して。今回は自販機だから」
「その“だから”が一番怖いんだけど!」
「硬貨が飛んでくるだけでしょ?」
「津波でしたよね!?」
「細かい細かい」
「命の話!」
「あっ自販機魔獣に当たりがある!」
「当たりいらない!」
「というわけで。せーの」
「「次回、固有魔法と噴射」」
「任せっきりで寝る僕と!」
「一番働く私!」




