第九十九話「怒りの聖女」
メルベルは二人のルカヴィの攻撃を受けながら、教会の外へと飛び出した。狭い建物内では、相手の連携に対抗するのは困難だった。
「こっちよ、ダミアン!獲物が逃げてしまいますわ!」
ライラの甲高い笑い声が響く。彼女の法力が青白い光となって、メルベルの背中を追った。
「待て、一対二は卑怯だろう!」
メルベルは剣でライラの攻撃を受け流しながら叫んだ。しかし、相手に公正さを求めることに意味はない。
「卑怯ですって?」ダミアンが嘲笑した。「愛し合う者同士が協力するのは当然でしょう?あなたには理解できませんか?」
その時、廃村の各所から唸り声が響いてきた。戦闘の音に引き寄せられて、隠れていたアンデッドたちが姿を現し始めたのだ。
「メルベル殿!」
アジョラの声が響いた。彼女は錫杖を構えて駆けつけてくる。その後ろから、神殿戦士たちも続いていた。
しかし、アンデッドの群れが神殿戦士たちの前に立ち塞がった。腐敗した農民、元兵士、様々な死者が蘇って襲いかかってくる。
「くそっ、数が多すぎる!」
カマエルが剣を振るいながら叫んだ。神殿戦士たちは、アンデッドの群れとの戦いに手一杯になってしまった。
「メルベル殿、私が助太刀します!」
アジョラは錫杖を振り回して、自分の前にいたアンデッド二体を粉砕した。聖なる光が爆発し、邪悪な存在を浄化する。
そして、メルベルの隣に並び立った。
「二対二ですね。これで公平というものでしょう」
「あら、あらあら!」
ライラが手を叩いて喜んだ。
「聖女アジョラじゃありませんの!これは素晴らしい!」
「ここでお前を殺せれば、大戦果だな」
ダミアンの瞳が血に染まったように赤く光った。
「七つの聖火を持つ聖女の首...我らが王も、きっとお喜びになる」
「お前たちのような三下に」
アジョラの声が、怒りに震えていた。
「私が負けるとでも思っているのか!」
錫杖を地面に叩きつけると、石畳が砕け散った。その威力は、並の神殿戦士の比ではない。
「あら、三下ですって?」ライラがくすくすと笑った。「でも、そう言えばあなたのガードはどうなったのかしら?」
「何?」
「ガレスでしたっけ?確か、エリドゥで死んだのでしたわね」
ダミアンが愉快そうに付け加えた。
「その割には、お前のガードは大したことがなかったな。あっけなく死んでしまって」
「何ですって...?」
アジョラの表情が、一瞬で変わった。
「あの方の名前を、お前たちのような汚らわしい口で呼ぶな!」
「あらあら、図星だったようですわね」ライラが手を口元に当てて、わざとらしく驚いて見せた。「でも本当のことでしょう?愛する人を守れずに、一人生き残った聖女様」
「黙れ!」
アジョラの理性が、完全に飛んだ。
錫杖を両手で握ると、全身に聖なるオーラを纏わせる。その威圧感は、メルベルでさえ圧倒されるほどだった。
「その口を、永遠に閉じさせてやる!」
アジョラは大地を蹴って、ライラに向かって突進した。錫杖を戦槌のように振り上げ、その頭上に叩きつけようとする。
「きゃあ!」
ライラは慌てて横に飛んで回避した。錫杖が地面を叩くと、石畳が蜘蛛の巣状に砕け散る。
「危ない危ない!やっぱり聖女様は恐ろしいですわね!」
「ライラ!」
ダミアンがメルベルとの戦いを中断して、アジョラに向かおうとした。しかし、メルベルがそれを阻む。
「相手は俺だ!」
メルベルの剣がダミアンの進路を塞いだ。
「愛する人の仇を討とうとする聖女の邪魔はさせない!」
四人の戦いが、夕暮れの廃村で激しく展開された。アジョラの怒りに満ちた錫杖の一撃一撃が、大地を震わせる。彼女の戦い方は、優雅な魔術ではなく、メルベルのような直接的な打撃戦だった。
「死ね!死ね!死ね!」
アジョラの叫び声が、廃村に響き渡った。普段の温和な聖女の面影は、もうどこにもなかった。
愛する夫の名を汚された怒りが、彼女を戦鬼に変えていた。




