第九十八話「堕落した愛」
廃村に響く法石銃の銃声が、遠雷のように断続的に聞こえてきた。後方部隊が各地で戦闘を開始している証拠だった。
通信装置を手にした神殿戦士が、アジョラの元に駆け寄ってきた。
「聖女様、本隊からの報告です。外縁部の廃村三つを占拠し、敵の小部隊と交戦中とのことです」
「順調ですね」
アジョラは満足そうに頷いた。法石銃の連続する銃声が、彼女の耳には勝利の調べのように響いている。
「前回の遠征と違って、今回はこちらの装備が近代化されていますからね。人数は前より少なくても、戦力は何倍もあります」
彼女の瞳に、戦略家としての光が宿った。
「救出だけとは言わず、この勢いで聖火の拠点を取り返してしまおうという機運が高まるかもしれませんね」
確かに、銃声の響き方からして後方部隊の士気は高い。アンデッドの本拠地を完全に制圧しようという野心的な計画が、現実味を帯び始めていた。
「メルベル殿」
アジョラは振り返った。
「今は、予知夢で見た場所のどの程度まで進んでいるのですか?」
メルベルは周囲の風景を見回した。夢で見た光景と現実が重なり合っている。
「もう近いと思います。多分、もう少し進んだ場所でしょうか」
「ということは...」
アジョラは地図を確認した。
「他の部隊がもっと展開するのを、ここで待てということですね」
彼女は決断を下した。
「ちょうど、この部隊も廃村を占拠したことですし、ここでもう一晩待ちましょう」
メルベルも部下たちも、その判断に従った。予知夢の指示通りに行動することが、最も確実な道だった。
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廃村の安全を確保するため、一行は手分けして村を見回り始めた。崩れかけた家屋の間を慎重に進み、隠れている敵がいないか確認していく。
メルベルが村の中央近くまで来た時、奇妙な光景を目にした。
半壊した教会の陰で、若い男女が身を寄せ合っている。一見すると、戦火を逃れる避難民のようにも見えた。
しかし、メルベルの戦士としての直感が警鐘を鳴らしていた。
(あの二人...人間ではない)
女性は美しい金髪の巫女装束を身にまとっているが、その肌は死人のように蒼白だった。男性も神殿戦士の鎧を着けているが、瞳に宿る光が異常に冷たい。
そして、二人の間に漂う異様な雰囲気—享楽的で、挑発的で、どこか狂気じみた何かが感じられた。
「おや、お客様ですわね」
女性が立ち上がった。その動作は優雅だったが、猫科の肉食獣のような危険な美しさがあった。
「ライラ、来客よ」
「ああ、ダミアン。久しぶりに生きた人間ね」
男性—ダミアンも立ち上がった。整った顔立ちだが、その笑みには残酷さが宿っている。
「神殿の制服...ということは、お仕事中かしら?」
ライラが首をかしげた。
「私たちの邪魔をしに来たのでしょうか?それとも、お仲間になりたいのかしら?」
二人の視線が、メルベルに注がれた。その瞳には、人間を見る時の温かさが微塵もない。まるで、面白いおもちゃを見つけた子供のような、残酷な興味だけがあった。
「ルカヴィか...」
メルベルは剣の柄に手をかけた。
「そうですわ」ライラが嬉しそうに手を叩いた。「よくご存知ね。でも、私たちはただのルカヴィではありませんのよ」
「私たちは愛し合っているの」ダミアンがライラの腰に腕を回した。「永遠に、完璧に、美しく」
「そして、その愛を汚そうとする者たちを排除するのが趣味ですの」
ライラの瞳が、危険な光を放った。
「あなたも、きっと誰かを愛しているのでしょう?その汚らわしい感情を、私たちが浄化して差し上げましょう」
二人は同時に動いた。ダミアンが剣を抜き、ライラが法力を纏う。その連携は完璧で、まるで一つの生き物のようだった。
「来るか...」
メルベルも剣を抜いた。




