第九十七話「聖女の戦歌」
夜明けと共に、救出部隊の出発準備が整った。後続の部隊はまだ続々と集結しているが、先遣隊として選ばれた精鋭たちは行動を開始する時が来た。
アジョラは天幕から姿を現した時、まるで別人のようだった。
普段の優雅な聖女の装束は影を潜め、代わりに身を包んでいるのは実戦用の革鎧と鋼鉄の小手。腰には見事な装飾の施された錫杖を帯び、胸当てには七つの聖火の紋章が刻まれている。
「よし、久しぶりにやってやりますか!」
アジョラの瞳が、若い頃の輝きを取り戻していた。神殿に留まって政務に追われる日々から解放され、再び冒険の道に足を踏み出す喜びが、全身から溢れ出ている。
「聖女様...本当にお美しい」
カマエルが感嘆の声を上げた。戦闘装束に身を固めたアジョラは、威厳と美しさを兼ね備えた女戦士そのものだった。
メルベルは夢の中での光景を思い出していた。
「アジョラ様、夢の中であなたはかなり戦っておられましたが...」
「ほう?」
アジョラは錫杖を軽く回してみせた。その動作は無駄がなく、熟練した戦士のものだった。
「自分で言うのもなんですが、私は手だれですよ」
彼女の声には、抑制しきれない自信が込められていた。
「七つの聖火を手に入れた力、見せて差し上げましょう」
その言葉には、長年神殿に封印されていた戦士の魂が宿っている。政治と外交に明け暮れる日々の中で、彼女は自分の本来の姿を忘れかけていた。しかし今、愛する後継者を救うという使命が、眠っていた戦士の血を呼び覚ましたのだ。
精鋭二十名を引き連れて、一行は川沿いの道を進み始めた。朝霧が立ち込める中、規律正しい行軍が続く。
メルベルはアジョラの横を歩きながら、改めて彼女の実力を見直していた。普段の温和な聖女とは全く異なる、戦闘者としての気配が彼女から立ち上っている。
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昼頃になると、前方に廃墟の都市群の輪郭が見えてきた。
「あれが...」
メルベルは夢で見た光景と照らし合わせる。間違いない、予知夢通りの場所だった。
廃墟となった農村の入り口で、一行は足を止めた。崩れ落ちた家屋の間から、フラフラとした人影が現れたのだ。
腐敗した肌、虚ろな瞳、不自然にねじ曲がった四肢—紛れもなくアンデッドだった。
「うう...うああ...」
アンデッドは一行を認めると、飢えた獣のような唸り声を上げて襲いかかってきた。
神殿戦士たちが剣を抜こうとした瞬間—
「下がっていなさい」
アジョラが一歩前に出た。
錫杖を片手で構えると、その先端が聖なる光を放ち始める。アンデッドが飛びかかってきた瞬間、アジョラは錫杖を横薙ぎに振り抜いた。
「はっ!」
鋭い気合いと共に、錫杖がアンデッドの頭部を直撃した。ただの打撃ではない。七つの聖火のエネルギーが込められた一撃が、邪悪な存在を完全に浄化する。
「ぎゃああああ!」
アンデッドは光の粒子となって消滅した。跡形もなく。
一同は呆然としてその光景を見つめていた。聖女が直接戦闘を行うなど、想像もしていなかったのだ。
「た、たまげました...」
メルベルが素直に感嘆の声を上げた。彼ほどの戦士でも、あれほど鮮やかにアンデッドを浄化することはできない。
「当然でしょう」
アジョラは得意そうに錫杖を肩に担いだ。
「夫のガレスと冒険していた頃は、この程度のことは日常茶飯事でしたからね」
その表情は、まさにドヤ顔だった。長年の政務で鈍った腕が、まだまだ健在であることを証明したのだ。
「ガレスもよく言っていました。『お前の戦闘力は、並の神殿戦士三人分だ』と」
アジョラの瞳に、懐かしい記憶の光が宿った。
「さあ、参りましょう。アザリアが待っています」
錫杖を地面に突いて歩き始めるアジョラの後ろ姿は、まさに伝説の聖女戦士そのものだった。
神殿戦士たちは顔を見合わせてから、慌ててその後を追った。彼らの聖女は、想像以上に頼もしい存在だったのだ。
メルベルも苦笑いを浮かべながら歩き続けた。
(これなら、本当にアザリアを救えるかもしれない)




