第九十六話「希望の集結」
アジョラは地図を広げたまま、思慮深い表情で夢の内容を分析していた。
「三日後にその場所に到達できる...ということは、思ったより時間的余裕があります」
彼女の指が地図上の川沿いルートを辿る。
「そして、夢の中で他の戦士たちも行動していたということは、意外に大部隊を展開できるということですね」
アジョラの瞳に、戦略家としての光が宿った。
「おそらく、大部隊が敵の注意を引きつけている間に、少人数でアザリアを救出する...そういう作戦になるのでしょう」
メルベルは静かに頷いた。今までとは明らかに異なる夢の内容に、彼も困惑していた。
(今回は...邪悪な気配も吐き気もなかった)
いつもの予知夢は、見るたびに魂を削られるような恐怖に満ちていた。しかし、今朝の夢は違った。希望さえ感じさせる内容だった。
「もう一日、ここで部隊の集結を待ちましょう」
アジョラが決断を下した。
「予知夢の状況に持っていけそうな気がします」
メルベルは複雑な気持ちだった。
(華々しい討ち死に...というわけではなさそうだな)
正直なところ、少し不満は残る。あれほど憧れていた戦士らしい最期が、どうやら別の形になりそうなのだ。しかし、アザリアを救えるなら、それでもいい。
メルベルは声に出すことなく、自分の装備の点検を始めた。剣の刃を確認し、革鎧の具合を調べる。少なくとも、準備だけは万全にしておこう。
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昼頃になると、遠方から馬蹄音が聞こえてきた。新たな戦士たちの到着を告げる音だった。
「おお、メルベル殿!」
聞き慣れた声に振り返ると、ナブが馬から降りて近づいてきた。
「この度は大変でしたね。必ずやアザリア様をお救いいたします」
ナブの丁寧な口調には、心からの同情が込められていた。
「ナブか。わざわざありがとう」
「いえいえ、当然のことです。我々も微力ながらお手伝いさせていただきたく」
ナブの後から、ティアマトも現れた。彼女の表情には、いつもの傲慢さがあったが、今日は妙に礼儀正しい。
「メルベル殿、この度は大変なことに…」
ティアマトは丁寧に一礼した。
「必ずや、アザリア様を取り戻しましょう。私たちも、名誉ある戦いに参加できることを光栄に思います」
彼女の言葉には、明らかに下心があった。この大遠征で名を上げ、どさくさに紛れて聖火の一つでも回収しようという魂胆が見え見えだった。
「ところで、アジョラ様はいらっしゃいますか?」
「あちらの天幕におられる」
「失礼いたします」
ティアマトは慇懃に頭を下げると、アジョラの元へと向かった。最高位聖女に自分の顔を覚えてもらう絶好の機会だと考えているのだろう。
メルベルは苦笑いを浮かべた。
(相変わらず、たくましい女だ)
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日が進むにつれて、集結する人数は雪だるま式に増えていった。神殿戦士、一般兵士、巫女たち、そして冒険者まで—様々な動機を持った者たちが続々と到着している。
「聖女アジョラ様直々の遠征」という話は、瞬く間に都中に広まったのだろう。名誉を求める者、功績を積みたい者、純粋にアザリアを救いたい者—それぞれの思惑を胸に、戦士たちが集まってくる。
メルベルは天幕の入り口に立って、その様子を眺めていた。
(これだけの人数なら...)
胸の奥で、久しぶりに希望の炎が燃え上がった。一人で乗り込めば確実に死ぬような敵の本拠地でも、これだけの戦力があれば何とかなるかもしれない。
夕暮れ時には、集結した人数は二千人を超えていた。川岸に設営された天幕群は、まるで小さな都市のようだった。
「これほどの大軍が動くのは、十年ぶりのことですな」
カマエルが感慨深げに呟いた。
「行軍ルートをどうするか、議論が必要ですね」
戦士たちは地図を囲んで、熱心に議論を交わしている。二千人という大軍をどう移動させ、どう展開するか—それは複雑な戦略的問題だった。
「川沿いのルートなら補給も安定する」
「しかし、敵に察知される危険もある」
「分散行軍という手もありますが...」
様々な意見が飛び交う中、メルベルは静かに夕日を見つめていた。
(アザリア...もう少し待っていてくれ)
西の空を染める夕日が、まるで希望の象徴のように美しく輝いていた。明日からは、本格的な救出作戦が始まる。
戦士として華々しく散ることはできないかもしれないが、愛する人を救うことができるなら、それで十分だ。




