第九十五話「新たな予知」
夢の中で、メルベルは見慣れない風景を歩いていた。
右手には大きな川が悠々と流れ、正面には奇妙な廃墟の都市群が広がっている。その背後に聳える巨大な山の麓には、不気味な城が佇んでいた。
(ここは...どこだ?)
夢の中のメルベルは、アジョラと肩を並べて歩いている。二人は息の合った連携で敵と戦い、他の戦士たちと共に野営を続けていた。
これまでの予知夢とは明らかに違っていた。より具体的で、鮮明で、そして何より—恐怖ではなく希望を感じさせる内容だった。
月明かりが差し込む夜。その光の中で、アザリアが青白い肌をした女性と一緒に走って逃げている姿が見えた。月光は昼間のように明るく、二人の表情まではっきりと見て取れる。
アザリアは無事だった。疲れてはいるようだが、元気に走っている。
「うっ...」
メルベルは目を覚ました。テントの中は薄暗く、外からは鳥のさえずりが聞こえてくる。
(今の夢は...)
今までのような恐ろしい悪夢ではなかった。むしろ、どこか希望的な内容だった。しかし、意味は全く分からない。
メルベルはテントから這い出した。東の空が薄っすらと明るくなり始めている。夜明け前の、薄暗くも明るい微妙な時刻だった。
「おい、起きたか」
見張りをしていた神殿戦士が、すぐに駆け寄ってきた。
「夢の内容を忘れないうちに話せ。アジョラ様の厳命だ」
戦士は羊皮紙とペンを取り出した。どうやら、メルベルの予知夢を詳細に記録するよう指示されているらしい。
「まず、俺は...」
メルベルが話し始めると、すぐに他の戦士がアジョラを起こしに向かった。
「右手に大きな川が流れていて、正面には廃墟の都市と山、そして山麓の城が見えた」
「地形の特徴は?」
「川は相当大きい。廃墟は古い石造りで、まるで古代遺跡のようだった。城は...不気味な雰囲気があった」
アジョラが寝間着のまま駆けつけてきた。髪は乱れているが、瞳は鋭く光っている。
「続けてください」
「俺とアジョラ様が一緒に行動していました。他の戦士たちと野営もしていて...」
「私と?」
アジョラは眉をひそめた。
「はい。肩を並べて戦っていました」
「それで、アザリアは?」
「月明かりの夜に、青白い女性と一緒に逃げているのが見えました。月光が昼間のように明るくて、二人の姿がはっきりと見えたんです」
アジョラは地図を広げさせた。ランタンの光の下で、川の流れと地形を照らし合わせる。
「月明かりが昼間のように明るい...それは満月ですね。今から三日後が満月です」
夫ガレスとの経験が、アジョラの推理を支えていた。予知夢のパズルを解くのは、彼女にとって慣れ親しんだ作業だった。
「この川沿いのルートを辿れば、比較的安全に進めるでしょう。遠くに見えるということは、行軍速度も余裕を持てそうです」
アジョラは地図上の経路を指でなぞった。
「アザリアも元気に走っていたということは、まだ無事だということです。ただ...」
「青白い女性というのが気になりますね」
メルベルが頷いた時、アジョラは別のことに気づいた。
「メルベル殿、夢の中の私はどのような服装でしたか?」
「服装...?そういえば、今のような聖女の装束ではありませんでした。もっと動きやすそうな格好で...」
メルベルは記憶を辿った。
「革の胸当てと、軽装の鎧。それに、何かこう...戦士のような装備でした」
アジョラの表情が変わった。
「それは...私が若い頃に着ていた冒険装束ですわ」
彼女の脳裏に、夫ガレスと共に冒険していた頃の記憶が蘇った。あの頃は、聖女として神殿に留まることなく、直接戦場に赴いていた。
「つまり、夢は私に冒険への参加を促しているということですね」
アジョラは部下たちに向かって言った。
「私も救出作戦に直接参加いたします」
「え?」
神殿戦士たちは驚愕の表情を浮かべた。
「聖女様、それは危険すぎます!」
カマエルが慌てて制止しようとした。
「あなた様は神殿の要。もし何かあれば...」
「夫のガレスも同じことを言いました」
アジョラの瞳に、遠い記憶の光が宿った。
「でも、私には分かるのです。この夢は、私が直接行動を起こさなければならないことを示している」
彼女は毅然として言い放った。
「昔の装束を用意しなさい。私たちは、アザリアを救いに行きます」




