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第九十四話「完敗の屈辱」



「それでね」アザリアは話を続けた。「ルカヴィとの戦いになったの。あなたたちの仲間の一人だったのかしら?」


セラフィナは無言で頷いた。


「メルベルは必死に戦ったわ。もう、本当に必死で。私は祈ることしかできなくて」


アザリアの瞳に、その時の記憶が蘇った。


「彼が倒れそうになった時、心臓が止まりそうになった。でも、最後の最後で逆転してくれたの。あの時の安堵といったら...」


「脱出は?」


「それがまた大変だったのよ。森から必死に逃げて、ギリギリで脱出できたけど、メルベルは倒れちゃって」


アザリアは苦笑いを浮かべた。


「三日間、ずっと看病したわ。熱でうなされて、時々粗相もしちゃうから、それも処理して」


セラフィナの胸に、鋭い痛みが走った。愛する人の看病—それもまた、彼女が経験することのできなかった愛の形だった。


「それでね」アザリアは少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。「メルベルの無知につけ込んで、古式の契約を結ばせちゃったの」


「それは...」


「詐欺みたいな話でしょう?」アザリアは肩をすくめた。「でも、神殿だと犯罪歴のあるガードは無理だって言われてね。今更他のガードにしろなんて無理な話だから、強引に泣き落としてやらせたのよ」


セラフィナは複雑な表情を浮かべた。確かに詐欺のような話だが、それでも愛する人を手放したくないという気持ちは理解できた。


「でも、結局」アザリアは深いため息をついた。「彼の予知夢で、神官の裏切り者に気をつけろって忠告されてたのに、笑い飛ばしちゃったのよ。それで、このザマ」


彼女は自嘲的に笑った。


「もっと彼の言うことを聞いていれば...」


セラフィナは一通りの話を聞き終えて、突然肩が鉛の塊のように重くなるのを感じた。


(もし...もし出会ったのが私だったら...)


脳裏に、忌まわしい記憶が蘇った。キシュの森で、恐怖に駆られて逃げ出すガードの背中。闇の中で必死に手を伸ばしながら叫んだ自分の声。


「待って!置いて行かないで!」


しかし、愛する人は振り返ることなく、闇の中に消えていった。


(なぜ...なぜこの女だけが...)


セラフィナの心に、羨望と悔しさが渦巻いた。そして、見当違いな言い訳が次々と浮かんでは消えていく。


(私が劣っていたわけじゃない...)


そう、自分のガードの方が身分も良かった。名門騎士家の出身で、神殿での地位も高かった。それに比べて、メルベルなんて—


(犯罪歴のある、得体の知れない男じゃない)


でも、そんな言い訳は虚しかった。現実は、アザリアの方が完璧な愛を手に入れたのだ。


(男運よ...そう、ただの男運の違い)


(親が言った相手だから信じたのが間違いだった)


(私の方が美しかったし、家柄も良かった)


(この女が異常に運が良かっただけよ)


様々な言い訳が頭の中を駆け巡ったが、どれも空虚に響くだけだった。


アザリア誘拐の直前に、慌てて追跡してきたガードの姿も思い出した。血相を変えて彼女を探していた男の必死さ。それも、確かに愛の証だった。


(認めない...)


セラフィナは立ち上がった。急に立ち上がったため、めまいがした。


(絶対に認めない)


「セラフィナ?大丈夫?」


アザリアの心配そうな声が聞こえたが、セラフィナには答える余裕がなかった。


「私は...負けてない」


小さく呟くと、セラフィナはフラフラと部屋を後にした。廊下に出ても、めまいは治まらない。


(私は負けてない...負けてない...)


しかし、心の奥では分かっていた。完全な敗北を喫したのだと。アザリアの持つもの—真の愛、完璧な絆、理想的な関係—それらすべてが、自分には永遠に手の届かないものなのだと。


石の廊下に響く自分の足音が、やけに虚しく聞こえた。屈辱と羨望に苦しみながら、セラフィナは自分の部屋へと向かった。


美しい敗者として。

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