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第九十二話「思い出語り」



セラフィナは優雅にアザリアの向かいの椅子に腰を下ろした。月光が窓から差し込み、二人の女性を幻想的に照らし出している。


「それで、あなたのガードとやらは、どの程度の男なのかしら?」


セラフィナの声には、わざとらしい興味が込められていた。


「どうせ、つまらない男でしょう?お金目当てで雇われて、適当にあなたを守っているだけの」


アザリアは肩をすくめた。


「まあ、別にいいか。話すことくらい」


彼女はベッドの端に座り直すと、遠い目をして記憶を辿り始めた。


「まず最初に言っておくけど、私、家族が事業に失敗してやらかしたのよ。それで神殿での居場所も完全になくなっちゃって」


「事業の失敗?」


セラフィナは眉をひそめた。自分が育った環境とは全く異なる話だった。名門貴族の箱入り娘として、何不自由なく育った彼女には理解し難い境遇だった。


「ええ。それで、もうヤケクソになったの。死ぬか出世するか、どっちかしかない状況でね」


アザリアの声には、当時の絶望的な心境が滲んでいた。


「それで、とりあえず近場の場末の酒場に行ったのよ。一緒に死んでくれそうな、聖地巡礼の旅に付き合ってくれる奴を探しに」


「何ですって?」


セラフィナは思わず声を上げた。


「一緒に死んでくれそうな人を探しに酒場へ?それは一体...」


順風満帆な人生を歩んできた彼女には、あまりにも馬鹿げた話に聞こえた。


「変でしょう?でも、当時の私には本気だったのよ。どうせ死ぬなら、少しでも派手に死んでやろうって」


アザリアは苦笑いを浮かべた。


「それで見つけたのが、あのクソ無愛想なメルベルよ」


「無愛想?」


「もう、本っ当に感じ悪いの。なんの愛想もないし、私の足にどんな血豆ができても、靴擦れで血が出ても、完全に無視するクソ野郎だったのよ」


アザリアの口調は辛辣だったが、どこか懐かしむような調子があった。


「最初の村でも、もう最悪。村人には無愛想だし、私の仕事の手伝いもしないし。あの時は本気で『なんでこんな奴雇ったんだろう』って後悔したわ」


セラフィナは興味深そうに身を乗り出した。


「それは...確かに最悪ですわね。でも、なぜ一緒に旅を続けたのです?」


「それがね...」


アザリアの表情が、わずかに柔らかくなった。


「だんだん分かってきたのよ。あの人が無愛想なのは、ずっと出自で差別されてきたからだって。『闇の戦士』の末裔だから、どこに行っても煙たがられて」


「差別...」


セラフィナの胸に、かすかな共感が芽生えた。自分も今は、元人間という出自で複雑な立場にいる。


「でも、本当はすごく心配してくれてたの。危ないところは必ず私の前を歩いてくれるし、夜中でもちゃんと見張りしてくれるし」


アザリアの声に、暖かい記憶が宿った。


「一度、私が勝手に街の裏通りに行って、暴漢に絡まれたことがあったの。もうダメかと思った時に、メルベルが血相を変えて駆けつけてくれて」


「それは...」


「あの時の彼の顔、今でも覚えてる。『何やってるんだ、お前は』って、本気で怒ってたけど、手が震えてたのよ。私が怪我してないか、何度も何度も確認して」


セラフィナは無意識のうちに聞き入っていた。アザリアの話には、作り物ではない真実味があった。


「最初はお金のためだと思ってたけど、違ったのね。本当に私のことを心配してくれてる。不器用だけど、誠実で...」


アザリアの瞳に、遠い記憶の温もりが宿っている。セラフィナは、その表情を見つめながら、胸の奥で何かが疼くのを感じていた。


(これは...演技ではない)


彼女の長年の経験が、それを告げていた。アザリアの語る思い出は、偽りのない真実だった。


しかし、それを認めることは、自分の信念を揺るがすことになる。セラフィナは唇を噛んだ。


(でも、所詮は最初だけよ。本当の試練が来れば...)

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