第九十一話「証明への渇望」
幹部たちの議論は、相変わらず堂々巡りを続けていた。享楽を求める者、実利を追求する者、知的好奇心に駆られる者—それぞれが自分の欲望を主張するばかりで、建設的な結論には程遠い。
セラフィナは内心で舌打ちした。
(下らない...)
ライラとダミアンは相変わらず甘い言葉を囁き合い、モルガンは残酷な拷問について語り、ヴェクターは効率を説く。
(こんな連中と、あの巫女の絆を同列に語るなど...)
その時、アザリアの言葉が再び脳裏に蘇った。
『彼の手前、潔白な女のまま死にたい』
(馬鹿げている)
セラフィナの胸に、どす黒い感情が湧き上がった。
(所詮、男女の仲など...土壇場になれば必ず破綻する。私がそれを身をもって知ったように)
キシュの森で、愛するガードが自分を見捨てて逃げ去った瞬間。あの時の絶望と裏切りの痛みが、今も胸の奥で疼いている。
(あの巫女も、必ず同じ目に遭う。そして、その時に分かるのよ。男の愛なんて、所詮はその程度のものだということを)
セラフィナは立ち上がった。
「少し、様子を見てまいります」
「セラフィナ?どちらへ?」
イザベラの問いかけを無視して、セラフィナは大広間を後にした。
(証明してみせる。あの巫女の信じる絆が、いかに脆いものかを)
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アザリアが幽閉されている部屋の前で、セラフィナは足を止めた。扉の隙間から、かすかに声が聞こえてくる。
「あなたって、本当に間抜けね」
アザリアの声だった。セラフィナは眉をひそめて耳を澄ます。
「あのまま気のいい神官でいれば、こんな憂き目に遭わなくて済んだのに。欲を出すから、こんな醜い化け物になっちゃって」
部屋の中を覗くと、アザリアがアンデッド化したエンリルに向かって話しかけていた。かつて慈愛に満ちた表情を浮かべていた神官は、今や腐敗した肌と虚ろな瞳を持つ醜悪な死体となっている。
エンリルは無反応のまま、ただ立ち尽くしている。物言わぬ召使いと化した彼に、アザリアは一方的に話しかけ続けていた。
「返事くらいしなさいよ。つまらないじゃない」
アザリアは溜息をついて窓に向かった。外の景色を見下ろしながら、独り言を呟き始める。
「ここから飛び降りるかどうか...でも、死ぬのは怖いのよね」
セラフィナは興味深そうに聞き入った。
「いや、でもエンリルみたいな化け物にされるのも嫌だし...かといって、あいつらの仲間になるなんて論外よ。絶対にメルベルが私を殺しにくるもの」
アザリアの声には、メルベルへの絶対的な信頼が込められていた。
「あの人は、容赦しないから」
「そこのフォークで喉を一突きするのも...痛そうだし、怖いし」
アザリアは食卓のフォークを手に取ってみたが、すぐに置いた。
「でも、このままだとメルベルの言うように拷問されて、とんでもない目に遭うのよね...」
彼女は深い溜息をついて、ベッドに腰を下ろした。
セラフィナは呆れ半分、興味半分でその様子を見ていた。
(この期に及んで、まだあの男への信頼を疑わないのね)
その一途さに、セラフィナは複雑な感情を抱いた。嘲笑したい気持ちと、どこか羨ましい気持ちが入り混じっている。
(でも、それも今のうちよ。現実を突きつけられれば、すぐに目が覚めるはず)
セラフィナは扉をノックした。
コンコン。
「どうぞ...って、誰よ」
アザリアの警戒した声が響く。セラフィナは優雅に扉を開けて中に入った。
「こんばんは、アザリア様。お食事はいかがでしたか?」
「セラフィナね。何の用?また、仲間になるか死ぬかの話?」
アザリアは警戒心を隠さない。セラフィナは微笑みを浮かべながら、部屋の中央に進んだ。
「いえ、少しお話をしたくて。女同士、色々と語り合いたいことがありますの」
「女同士?」
アザリアは眉をひそめた。
「あなたは既に人間じゃないでしょう?」
「確かに、肉体は変わりました」セラフィナは苦笑した。「でも、心は...少なくとも、記憶と感情は残っているのです」
アザリアは興味深そうに彼女を見つめた。
「それで、何を話したいの?まさか、恋バナとかじゃないでしょうね」
セラフィナの瞳に、暗い光が宿った。
「ええ、まさにその通りです。あなたのガードについて、お聞きしたいことがあるのです」
アザリアの表情が、わずかに緊張した。




