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第九十話「羨望と議論」



アザリアの部屋を出たセラフィナは、廊下で足を止めた。石の壁に背を預け、深い溜息をつく。


(「彼の手前、潔白な女のまま死にたい」...)


その言葉が、胸の奥で反響し続けていた。


(馬鹿馬鹿しい)


セラフィナは唇を噛んだ。


(ガードと巫女の絆など、所詮は見せかけに過ぎない。私がそれを証明したはず)


キシュの森での、あの絶望的な夜。魔物たちの咆哮が響き渡る中、愛しいガードが恐怖に駆られて自分を置き去りにして逃げ去った瞬間—


(私のガードも、最初は同じことを言っていた。永遠の愛を、絶対の信頼を...結局は嘘だった)


しかし、アザリアの言葉には、あまりにも確固たる信念があった。死を前にしても揺らがない、メルベルへの絶対的な信頼。


(でも...まさか、あれが...)


セラフィナは頭を振った。そんなことを認めるわけにはいかない。もしアザリアの絆が本物だとしたら、自分の復讐は何だったのか。自分の絶望は何だったのか。


(あんなものは幻想よ。どうせ、他の連中と同じ。表面的な快楽に過ぎない)


手下たちからの報告が、記憶の奥で蘇る。アザリアとメルベルの冒険譚。命を懸けた戦い。そして、彼女の首に巻かれた金の鎖—


(古式契約...)


その事実だけは、否定できなかった。あの金の首飾りは、確かに真の絆の証だった。しかし—


(きっと一時的なものよ。男なんて、結局は自分が可愛いだけ。追い詰められれば、必ず裏切る)


セラフィナは必死に自分に言い聞かせた。アザリアの信じるものを否定しなければ、自分の存在意義が揺らいでしまう。


---


大広間では、幹部たちが円卓を囲んで議論を続けていた。


「あの巫女をどうするか、そろそろ決定しなければなりませんわ」


イザベラが冷静な口調で切り出した。彼女の前には、アザリアに関する調査資料が積み上げられている。


「仲間にならないなら、さっさと殺すべきだ」


ヴェクターが苛立たしげに言った。


「時間の無駄以外の何物でもない。五つの聖火のエネルギーを取り込んで終わりにしろ」


「あら、もったいないですわ」


ライラが艶やかな笑みを浮かべた。


「せっかくの美しい巫女様を、そんなに急いで処分することはありませんでしょう?」


「そうですね」ダミアンが同調する。「彼女のガードも一緒に捕らえて、我々の仲間に引き込みましょう。永遠の愛を教えて差し上げればよろしいのです」


セラフィナは眉をひそめた。このカップルの享楽主義が、心底嫌いだった。真の愛を理解せず、ただ快楽にふけるだけの堕落した存在—


「私は賛成ですわ」


セラフィナの声が、議論を遮った。


「あの巫女の絆など、所詮は見せかけに過ぎません。少し試してやれば、すぐに化けの皮が剥がれるでしょう」


「ほう?」エクリスが興味深そうに眉を上げた。「珍しいですね、セラフィナ。そのような断定的な意見とは」


「人間の愛など、その程度のものです」


セラフィナは、ライラとダミアンを横目で見た。


「こちらの二人と同じように、結局は表面的な快楽を求めているだけでしょう。追い詰めれば、すぐに本性を現すはずです」


「あら、セラフィナったら」ライラが愉快そうに笑った。「私たちのことを引き合いに出すなんて。でも、その通りですわね。どんな高尚な愛も、結局は肉欲に行き着くのです」


「そういうことです」


セラフィナは表面的に同調しながら、内心で歯噛みしていた。


(私も、昔はあんな幻想を信じていた。でも現実は違った。きっと、あの巫女も同じ)


しかし、アザリアの首に巻かれた金の鎖の記憶が、彼女の確信を揺るがす。


(あれは...本物かもしれない...)


その可能性を認めることは、自分の復讐と存在意義を否定することだった。


イザベラが資料をめくりながら口を開いた。


「興味深い議論ですが、実用性を考慮すべきでしょう。彼女の聖火エネルギーをどう活用するかが重要です」


「他の聖地の聖火も取り込ませてから処分する、というのはどうでしょう?」


ヴェクターの提案に、幹部たちがざわめいた。


「七つすべての聖火を一人の巫女に集約させるのは、前例がありませんが...」


「だからこそ価値があるのです」イザベラの瞳が輝いた。「究極の聖火エネルギーを持つ巫女を、我々の王の糧とする。これ以上の贄があるでしょうか」


「でも、そうなると時間がかかりますわね」ライラが首をかしげた。「他の聖地への遠征も必要になりますし」


「その間に、あのガードが追ってくる可能性もあります」ダミアンが付け加えた。


幹部たちの議論は錯綜し、決定的な結論に至らない。それぞれの思惑と欲望が絡み合い、方向性が定まらずにいた。


セラフィナは表面的には他の幹部と同調しながら、心の奥で激しく動揺していた。


(絆など存在しない。あの巫女も、結局は私と同じ運命を辿るだけ)


必死に自分に言い聞かせながらも、アザリアの確固たる信念を思い出すたびに、胸の奥が騒いだ。


(でも、もしも...もしもあれが本物だったら...)


その可能性を認めることは、自分の過去すべてを否定することになる。セラフィナは唇を噛み、その想いを心の奥に押し込めた。

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