第八話「アクカドの鉱山街」
アンデッドとの戦闘から三日後、二人はようやくアクカドの街が見えてくる丘に立っていた。
「あれがアクカド?」
アザリアが指差した先には、煙突から黒い煙を上げる工業都市が広がっている。マリとは全く違う、無骨で実用的な街並みだった。法石の採掘と加工で栄える街らしく、巨大な機械の音が遠くからでも聞こえてくる。
「ああ」
メルベルは短く答えた。
歩きながら、アザリアは先日の戦闘のことを思い出していた。あの時の恐怖は忘れられないが、同時に疑問もあった。
「ねえ、あの時のアンデッドって、本当に弱い方だったの?」
「そうだ」
「アンデッドって、他にどんな種類がいるの?」
メルベルは少し考えてから答えた。
「大きく分けて三種類いる」
アザリアは興味深そうに聞いた。
「一つ目は、お前が見たもの。腐敗系だ。死骸が起き上がって襲ってくる。他と比べれば明らかに弱い」
「他と比べれば?」
「二つ目は環境汚染系。毒の塊のような生き物だ。汚染された土地から発生する」
メルベルは街道を見回しながら続けた。
「毒霧を吐いたり、触れただけで肌が爛れたりする。近づくのは危険だ」
アザリアは顔をしかめた。想像するだけで気持ちが悪い。
「三つ目は?」
「知性体系。吸血鬼や鬼といった、知恵を持つ連中だ」
メルベルの声が少し低くなった。
「こいつらが一番厄介だ。魔法も剣技も使うし、罠を仕掛けることもある。人間社会に潜り込んで暗躍する」
「そんなのがいるの?」
「それぞれに強力な個体から弱い個体まである。だが、腐敗系は基本的に他より劣る」
アザリアの表情が暗くなった。あの恐ろしい戦闘が、最も弱い部類のアンデッドとの遭遇だったとは。自分があれほど怯え、逃げ回ったのに、相手は格下の存在だったのだ。
「そんな」
「現実は厳しいということだ」
メルベルの言葉に容赦はない。
「私、どうやったら強くなれるかしら」
アザリアは困ったような表情で尋ねた。
「何か聖女として強くなる方法はないのか?」
メルベルも首をかしげた。
「聖地巡礼を重ねれば、自然と聖女としての力が増すと聞いている」
「聞いたことはあるけど」
アザリアも曖昧な答えしかできない。
「神殿では『お祈りをしろ』って言われたことはあるけれど、多分意味ないと思う」
「俺に聖女の知り合いなどいない。詳しいことは分からん」
メルベルは肩をすくめた。
「お前が手探りで何とかするしかない」
アザリアは溜息をついた。まさに手探り状態である。神殿の教育でも、実戦での強化方法など教わった覚えがない。
「あれで弱い方だったなんて」
アザリアは先日の戦闘を思い出し、気が滅入った。あの恐怖と混乱が、アンデッドの中では弱い部類との戦いだったとは。
「さらに強いのがいるなんて、考えたくない」
「現実から目を逸らしても仕方ない」
メルベルの言葉は冷静だが、慰めにはならない。
アザリアは背筋が寒くなった。毒を吐く化け物や、知恵を使って罠を仕掛ける吸血鬼。想像するだけで足がすくみそうになる。
「本当に私なんかが聖地巡礼を完遂できるのかしら」
弱音が口からこぼれた。
「やるしかないだろう」
メルベルの答えは素っ気ないが、現実的だった。
「ただし、基礎的な練習は続けろ。光の術の精度を上げるだけでも生存率は上がる」
アクカドの街はすぐそこまで迫っていた。灰色の煙が青空を汚し、絶え間ない機械音が鼓膜を震わせる。石炭と金属の匂いが風に混じり、マリの清潔で整然とした街並みとは正反対の、むき出しの労働が支配する都市だった。
「今度はどんな問題が待っているのかしら」
アザリアが呟いた。不安が声に滲んでいる。
「鉱山街だからな。粉塵、毒ガス、地下水の汚染。問題は山積みだろう」
メルベルの推測は経験に基づいた的確なものだった。
「聖火のエネルギーで浄化できるかしら」
「マリとは規模が違う。簡単にはいかないだろうな」
二人は街の門に向かって歩き続けた。次なる試練が待っているが、今度は前回のような手探り状態ではない。アザリアは少しずつ経験を積み、メルベルも彼女の能力を把握し始めている。
とはいえ、鉱山都市特有の複雑な問題が、果たして解決できるものなのか。アザリアの胸には期待と不安が入り混じっていた。




