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第七十五話「都勤務命令」



神殿の廊下を歩きながら、アザリアは昨夜の約束を思い出して心が弾んでいた。メルベルとの新たな冒険が始まる。今度こそ、二人だけの力で最後まで...


「アザリア聖女」


突然声をかけられて振り返ると、神殿の上級事務官が深刻な表情で立っていた。


「お疲れ様です。お話があります。こちらへ」


案内された応接室で、事務官は単刀直入に告げた。


「この度、聖女様には都での勤務を命じることになりました」


「都での...勤務?」


アザリアの心が沈んだ。


「はい。地方都市の管理監督のための研修を受けていただきます。期間は未定ですが、数ヶ月から一年ほどを予定しております」


「それは...試験の結果が良くなかったからですか?」


アザリアの声は小さくなった。きっとメルベルの敗北が影響したのだろう。自分の期待も、昨夜の約束も、すべて水の泡になってしまった。


「いえ、試験結果は優秀でした」事務官は慌てて訂正した。「これは昇進のための研修です。将来的には重要な地方都市の管理をお任せすることになるでしょう」


しかし、アザリアには事務官の言葉が遠く聞こえていた。


*冒険が...終わってしまう*


彼女は膝の上で拳を握りしめた。


最初は確かに、やけくその自殺行為として始めた旅だった。自分を見限った連中を見返してやりたい。その一心で危険な聖地巡礼に挑んだ。


そして、その目的は十分に果たせる肩書きを手に入れつつあった。五つの聖火を宿した聖女。誰もが認める地位。


*でも...*


アザリアの胸に、別の想いが込み上げてきた。


あの森の夜のことを思い出していた。アンデッドが蠢く暗闇の中で、メルベルと身を寄せ合って震えていた夜。一枚の毛布にくるまって、彼の腕の中で過ごした時間。


顔に触れる冷たい外気と、胸に響く心臓の音。その規則正しい鼓動に包まれて眠った、あの安らぎ。


*もう一度、あれを味わいたい*


彼女の欲望は、いつの間にか変わっていた。見返してやりたいという復讐心ではなく、もっと純粋で、もっと個人的な願い。


メルベルと共に見たことのない場所に行きたい。未知の土地で、また二人で困難を乗り越えたい。そして夜が来れば、彼の腕の中で眠りたい。


*それだけなのに...*


「聖女様?」


事務官の声で、アザリアは現実に引き戻された。


「あ...はい。分かりました」


彼女は力なく頷いた。


「研修はいつから始まりますか?」


「明日からです。まずは神殿内での事務作業から覚えていただきます」


明日から。つまり、メルベルとの約束はもう果たせない。


*どうやって彼に説明しよう*


昨夜あれほど熱く語り合ったのに。メルベルは自分のために、流派の誇りをかけて約束してくれたのに。


「ありがとうございました」


アザリアは立ち上がり、深く頭を下げた。しかし、その心は重く沈んでいた。


廊下を歩きながら、彼女は窓の外を見つめた。青い空が広がっている。あの空の下には、まだ見ぬ土地が無数にある。


*メルベル...*


彼の名前を心の中で呼びながら、アザリアは目頭が熱くなるのを感じていた。


冒険への憧れは、もはや単なる野心ではなかった。それは、愛する人と共に過ごしたいという、純粋な願いに変わっていた。


しかし、その願いは叶わないままに終わってしまうのだろうか。


*せめて、最後にもう一度...*


彼女は足を速めた。メルベルに会って、すべてを話さなければならない。たとえそれが、二人の夢の終わりを告げることになろうとも。

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