第七十四話「監視と選定」
食堂の隅のテーブルでは、数人の男たちが何気ない風を装いながら、アザリアとメルベルの会話に耳を澄ませていた。
「できる!俺がいれば、あんたを絶対に守り抜ける。どんな敵が来ようとも!」
メルベルの大声が食堂中に響いた時、男たちは密かに顔を見合わせた。
*これはまずい*
彼らの任務は、二人の動向を監視し、会話の内容を逐一報告することだった。そして今、最も恐れていた事態が起こっている。
二人が独断で遠征を計画している。これは絶対に阻止しなければならない。
男の一人が席を立ち、そっと食堂を出て行った。急いで神殿の担当者に報告する必要がある。
---
神殿の奥深くにある会議室では、アジョラが数名の信頼できる関係者と共に、密かに後継者選定の会議を進めていた。
「試験の結果はいかがでしたか?」年配の神官が尋ねる。
「数値的には申し分ありません」別の担当者が資料を見ながら答えた。「五つの聖火を宿した巫女としては、最高クラスの能力です」
アジョラは満足げに頷いた。実は彼女は、試験会場の様子をこっそりと見ていたのだ。隠し扉の向こうから、アザリアの一挙手一投足を観察していた。
*あの顔つき...*
アザリアの表情から、彼女の根性、純真さ、そして何より気合いの入り方を見抜いていた。今時の若い巫女にありがちな、おすました様子とは全く違う。
そして何より心を打たれたのは、メルベルを必死に応援している姿だった。
「メルベル!頑張って!」「負けちゃだめよ!」
その声援は、昔の自分を思い出させた。夫のガレスを応援していた、あの頃の自分を。
*あの情熱的な絆...*
アジョラの胸が熱くなった。現代の契約制度では決して見ることのできない、真の絆がそこにあった。まさに自分が求めていた、昔ながらの巫女とガードの関係だった。
「それで、大部隊の編成についてはいかがしましょう?」
「彼女のためなら、軍を動かしても良いでしょう」アジョラは力強く答えた。「あれほどの逸材を、このまま眠らせておくわけにはいきません」
その時、会議室の扉が慌ただしくノックされた。
「失礼します。少し緊急の連絡が...」
担当者の一人が慌てた様子で入ってくる。
「何事ですか?」
「アザリア聖女とメルベルの件ですが...どうやら二人が独断で遠征を計画しているようです」
会議室の空気が一変した。
「何ですって?」
「先ほど食堂での会話を聞いた者からの報告です。二人だけで残りの聖地を攻略する約束を交わしたとのことです」
関係者たちは慌てふためいた。
「それは困ります」
「計画が台無しになってしまう」
「すぐに止めなければ」
アジョラは複雑な表情を見せた。一方では、二人の情熱に胸が熱くなる。あの勇気、あの絆。まさに自分が若い頃に抱いていた想いと同じだった。
*私たちも、最初は二人だけで旅立ちたいと思っていた*
ガレスと共に、世界の果てまで冒険する夢を見ていた。誰の指図も受けず、二人だけの力で困難を乗り越える。その美しい夢を、彼女もかつて抱いていたのだ。
しかし、現実は厳しかった。アジョラは軍勢を率いてなお、夫を失った。どれほど強い絆があろうとも、どれほど情熱があろうとも、力不足では愛する人を守れない。
*情熱は大切だが...*
アジョラは苦い表情になった。
「すぐにアザリア聖女を呼び出してください」彼女は決然と命じた。「都での勤務を言い渡します。それで足止めを」
「承知いたしました」
「あたら若い優秀な巫女を失うわけにはいきません」
アジョラの声には、深い愛情と責任感が込められていた。自分の経験した悲劇を、決して繰り返させてはならない。
会議室は慌ただしくなった。関係者たちが次々と指示を出し、緊急の連絡網が動き始める。
アジョラは窓の外を見つめながら、遠い昔の記憶に浸っていた。
*ガレス...*
あの頃の自分たちも、きっとアザリアとメルベルのような輝きを持っていた。無謀で、情熱的で、何も恐れることなく。
しかし、その輝きは失うにはあまりにも貴重すぎる。どんな手を使ってでも、二人を守らなければならない。
たとえ彼らが自分を恨むことになろうとも。




