第七十話「首飾りの欺瞞」
酒が進み、周囲の喧騒も和らいできた頃、メルベルは意を決して口を開いた。
「アザリア、昨夜の首飾りのことだが...」
「ん?何?」アザリアは杯を口に運びながら振り返った。
「これが外れないんだ」メルベルは首元を指差した。「一体どういう仕組みになってる?」
アザリアは少し驚いたような表情を見せた。
「外れない?そんなはずないでしょう。これは一般的なもので、みんなしてるのよ」
「一般的?」
「ええ。私とあなたの仲じゃない。そんなに深刻に考えなくても...」
メルベルは眉をひそめた。
「ナブから聞いたんだが、クソ重たい呪いのような契約だと...」
「あら」アザリアは軽やかに笑った。「そんなものがあんな簡単にできるわけないでしょう?」
彼女は手をひらひらと振りながら続けた。
「ナブって、時々大げさなのよね。古い伝説と現実を混同してるんじゃない?」
「しかし...」
「別に今、何か問題が起こっているわけじゃないでしょう?」アザリアは至極当然のように言った。「気にしなければ、首飾りがいつもついているだけで、何も変化はないも同然よ」
メルベルは考え込んだ。確かに、その通りだった。無理に外そうとしなければ、ただの装身具に過ぎない。
*友人がそこまで言うなら、あまり追求するのも野暮か?*
彼は内心でそう思った。アザリアが嘘をつく理由もないし、実害もない。
「そうかもしれんな」
「でしょう?」アザリアは満足げに微笑んだ。「それに、このおまじないはいいことがたくさんあるのよ」
「いいこと?」
「魔除けになるし、縁起がいいし、体調も良くなるの」彼女は指を折りながら数えた。「友情の証としても素敵じゃない?」
メルベルは少し考えた。言われてみれば、昨日から体の調子が良い気がする。
「確かに...大酒を飲んだにも関わらず、体は軽いし、疲れにくい気がする」
「ほら、見たことか!」アザリアは嬉しそうに手を叩いた。「ちょっと首飾りが増えて、そんないいことがあるなら得でしょう?」
彼女は勝ち誇ったような表情で続けた。
「あなたって、心配性すぎるのよ。もっと素直に受け取ればいいじゃない」
メルベルは苦笑いを浮かべた。
「まあ、そうだな。実害がないなら構わん」
「そうそう、その調子」
アザリアは満足げに酒を飲んだ。メルベルの疑念を見事に払拭できたと思っているようだ。
しかし、メルベルの心の奥には、まだ小さな違和感が残っていた。アザリアの説明は合理的だったが、どこか取り繕ったような印象も受けた。
*まあ、様子を見よう*
彼は心の中でそう決めた。確かに実害はないし、体調も良い。友情の証と考えれば、悪いものではないかもしれない。
「それより」アザリアが話題を変えた。「明日も検査があるのよ。今度は実技らしいわ」
「実技?」
「炎の扱いの実演とか、戦闘能力の測定とか」彼女は少し緊張した様子を見せた。「あなたも一緒に来てもらえる?」
「俺も?」
「ガードの能力も測定するって言われたの。もちろん、嫌なら断ってもいいけど...」
メルベルは少し考えた。検査の内容を直接見ることができれば、何か分かるかもしれない。
「分かった。付き合おう」
「ありがとう」アザリアは安堵の表情を見せた。「やっぱりあなたがいてくれると心強いわ」
その言葉に嘘はないように見えた。メルベルは首の鎖を意識しながらも、アザリアの信頼に応えようと思った。
酒場の喧騒の中で、二人の夜は静かに更けていく。首の金の鎖は、確かに何の害もないただの装身具のように思えた。




