第六十八話「監視の発覚」
夕食の時間が近づく頃、メルベルは自室で首の金の鎖と格闘していた。
どんなに引っ張っても、捻っても、この細い鎖は外れない。それどころか、無理に取ろうとすると首が締まって痛みが走る。
*くそったれ...*
彼は机の上の工具を手に取った。細い鉄の棒で鎖を壊せば、取れるかもしれない。
しかし、手を止めた。
*もし壊したら、何か呪いのしっぺ返しがあるかもしれない*
古式の契約について、ナブから聞いた話が頭をよぎる。「命よりも重い契約」「絶対に解除できない」
メルベルは工具をそっと机に置いた。
*今夜はアザリアに聞いてみるか*
昨夜の記憶は曖昧だが、彼女なら何か知っているはずだ。
食堂に向かうと、既にフードを被ったアザリアが定位置に座っていた。
「お疲れ様」メルベルは向かいに腰を下ろした。
「ああ、本当に疲れたわ」アザリアはため息をついた。「今日は一日中、試験みたいなものを受けさせられて」
「試験?」
「色々よ」彼女は食事を注文しながら続けた。「炎の力をどの程度扱えるかとか、旅の工程の詳細を聞かれたり...」
「それだけか?」
「身体検査もあったわ。血を抜かれて、尿を提出して」アザリアは顔をしかめた。「口の中まで医者らしい人たちに洗いざらい調べられたの。本当に不愉快だった」
メルベルは相槌を打った。
*健康診断か*
聖女の体調管理は重要だろう。しかし、何か引っかかるものがあった。
その時、周囲の人の流れに不自然な動きを感じた。食堂の隅のテーブルに座った数人の男たちが、明らかにこちらを観察している。
メルベルは何気なく辺りを見回した。男たちは慌てて視線を逸らすが、時折こちらを盗み見ている。
*尾行か?*
耳を澄ませると、断片的に会話が聞こえてくる。
「...聖女の動向...」「...報告は...」「...明日も...」
メルベルの警戒心が高まった。
*誘拐?アンデッドの手下?それとも追っかけか?*
様々な可能性が頭をよぎる。
「ちょっとトイレに」
メルベルは席を立った。男たちの一人も同時に立ち上がる。
*やはりな*
彼は食堂の外に出ると、男の後をつけた。男は建物の陰で何かメモを取り始めている。
*いよいよ怪しい*
メルベルは音を立てずに近づくと、男の肩をぐいっと掴んだ。
「俺たちに何か用か?」
男は驚いて振り返った。三十代の痩せた男で、目つきが鋭い。
「な、何のことですか?人違いでは...」
「しらばっくれるな」
メルベルは男を壁に押し付けた。
「金を貸してくれよ」
チンピラのような口調で言いながら、素早く男の懐を探る。そして、折りたたまれた紙を見つけて引き抜いた。
「おい、それは...」
男が慌てたが、メルベルは既に紙を開いていた。
そこには、アザリアの身辺情報が簡潔にまとめられていた。食事の時間、移動経路、会話の内容...すべてが記録されている。
「こいつ、人攫いか?」
メルベルは男を締め上げようとした。しかし、男は素早く身を翻すと、夕闇の中に走り去っていく。
「待て!」
メルベルは追いかけたが、男は路地裏に消えてしまった。
*くそ...*
彼は手に残ったメモを見つめた。明らかに組織的な監視活動だった。しかも、かなり詳細な情報が記録されている。
*誰が、何のために?*
食堂に戻ると、アザリアが心配そうに見ていた。
「どうしたの?顔色が悪いわよ」
「...何でもない」
メルベルは席に座りながら考えた。アザリアに話すべきか?しかし、彼女を不安にさせるだけかもしれない。
*まずは様子を見よう*
彼は周囲を警戒しながら、食事を続けた。先ほどの男たちのテーブルは、既に空になっている。
しかし、新たな監視者がいないとは限らない。
首の金の鎖のことは、今夜は聞けそうになかった。




