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第六十三話「契約の真実」



神殿の受付で、メルベルは既に顔見知りとなった事務員に声をかけた。


「アザリア聖女はいるか?」


「申し訳ありません。聖女様は朝から会議でして...」事務員は丁寧に答えた。「お待ちいただければ、お声をかけさせていただきます」


「分かった」


メルベルは神殿のロビーの長椅子に腰を下ろした。今後の冒険について、そして自分の予知夢の悩みについて相談したかったのだ。アザリアなら、嫌な顔はしないだろう。


神殿内は朝から活気に満ちていた。神殿戦士たちが行き交い、事務員たちが書類を運んでいる。その人の流れを眺めていると、見覚えのある顔を見つけた。


エア・ナブだった。ティアマトの護衛長を務めていた神殿戦士である。


向こうもメルベルに気づいたらしく、少し迷った様子を見せてから近づいてきた。


「やあ、メルベル殿」


「おう」メルベルは軽く手を上げて応えた。「どうしたんだ、こんなところで」


ナブは少し恥ずかしそうな表情を見せた。


「実は...ガードをクビになりまして」


「へぇ」


メルベルは意外だった。あれだけ立派な装備と経験を持った神殿戦士が、なぜクビになるのか。


「キシュの森での失敗が原因で?」


「それもありますが...」ナブは苦笑いを浮かべた。「ティアマト様との相性の問題もあったようです」


メルベルは興味深く聞いた。ガードという職業について、実は詳しく知らなかったのだ。


「ガードというのは、巫女と契約したら基本的にそのままだと聞いたが」


「昔話ではその通りなんですが」ナブは椅子に座りながら説明し始めた。「時代がそうさせないというか、効率化のためにはこれがいいということで...神殿で契約を結ばせて、必要になったら解約できる制度に変わったんです」


「解約できる?」


「ええ。契約の呪術自体を変更したんです」ナブは神殿の方を見ながら続けた。「確かに、契約は強力なほどお互いの力も増します。しかし、解除ができなくなってしまう。この職は危険と隣り合わせですし、ミスマッチも困る。昔ほどガードが貴重というわけでもないですから、緩くなったんですよ」


メルベルは何か奇妙な感じがした。昨夜、酒場でアザリアから「簡易的なもの」と紹介された契約は、いったいどの程度の拘束力があるのだろうか?


*まさか...*


彼は首の金の鎖を意識した。外そうとしても外れなかった、あの違和感。


「神殿でやる契約ってどんなものなんだ?」


ナブの目が少し輝いた。


「ああ、それは神殿戦士の憧れなんですよ」


彼は少し恥ずかしそうに続けた。


「若い聖女と豪華な神殿で契約する...なんとも言えない気分です。衆目のもとで行われる儀式は、本当にかっこいいんです」


「そうか」


「でも、いざクビにされると恥ずかしいですね」ナブは苦笑いした。「まあ、割とよくあることらしいですが」


メルベルは内心で焦りを感じ始めていた。神殿の現代的な契約は解約可能。しかし、昔ながらの契約は解除不可能。


昨夜の儀式を思い出そうとしたが、酒の影響で記憶は曖昧だった。ただ、アザリアが「昔のガードと巫女は...」と言っていたことは覚えている。


*まさか、あれは古式の契約だったのか?*


「古式の契約について知ってるか?」メルベルは慎重に尋ねた。


「ああ、血と髪を交換するやつですね」ナブは当然のように答えた。「あれは絶対に解除できません。命よりも重い契約です」


メルベルの血の気が引いた。


「命よりも重い?」


「ええ。契約者の一方が死ぬまで続きます。いえ、死んでも続くという説もあります」ナブは学者のような口調で説明した。「年季が入っていて重たい割には、簡素にできてしまうんです。なんというか...悪質な呪術に似ているというか。だから神殿が禁止しているんですよ」


ナブは少し困ったような表情を見せた。


「そういえば、あなたは金貨と契約書でアザリア様と契約しているんでしたよね?それならごく簡単なものですからね」


彼は軽やかに笑った。


「金の切れ目が縁の切れ目というやつでしょうか。あれこそ形式の上、お気軽ではありますけど、ちょっと寂しい気もしますね」


ナブは屈託なく続けた。


「私もまた新しい巫女様に売り込みに行かなくては。まあ、こういう商売ですから」


彼は案外あっさりと笑っているが、メルベルは服の下で首飾りがまとわりついてくる感触を感じながら、若干青ざめていた。


メルベルは首の金の鎖を触った。まるで首輪のように、彼を縛っている。


「もし...もしも誰かがそんな契約を結んでしまったら?」


「逃れる方法はありません」ナブは断言した。「古代の魔術ですから。神殿の高位聖職者でも解除は不可能でしょう」


メルベルは愕然とした。昨夜、自分は何をしてしまったのだろうか?


「あの...メルベル殿?顔色が悪いですが」


「いや...なんでもない」


メルベルは無理に笑顔を作った。しかし、内心では恐怖が広がっていく。


*アザリアは知っていたのか?*


彼女の涙、古式の説明、そして「簡易的なもの」という言葉。すべてが計算されていたのかもしれない。


「失礼します」


メルベルは席を立った。ナブと別れ、神殿の奥へ向かう。アザリアに会って、真実を確かめなければならなかった。


首の金の鎖が、重くのしかかっているように感じられた。

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