第六話「街道の告白」
マリを発って二日目の昼過ぎ、アザリアは自分でも驚くほど順調に歩いていた。
足の痛みはまだあるが、以前ほど耐え難いものではない。荷物の重さにも慣れ、街道の砂埃も気にならなくなってきた。何より、前回の旅で体力がついたのだろう。
しかし、精神的には別の問題があった。
メルベルとの間に横たわる、気まずい沈黙である。マリでの報酬の件以来、二人の間の空気は微妙に変わっていた。以前は単純に素っ気ないだけだったのが、今度は何となく重苦しい。
アザリアは歩きながら考えていた。
(私が悪かったのかしら)
あの時、メルベルに報酬をもらいに来ればいいと言ったのは、善意からだった。彼も同じように働いたのだから、同じように報われるべきだと思ったのだ。それなのに、彼は怒ったような口調で拒絶した。
(でも、私は知らなかったのよ)
神殿で育った自分には、外の世界の複雑な事情など分かるはずがない。異教の戦士が差別されるなんて、考えたこともなかった。責められるのは理不尽ではないか。
(それとも、やっぱり私が悪いの?)
自問自答を繰り返しているうちに、頭の中がこんがらがってきた。このまま無言で歩き続けるのは、精神的に辛すぎる。
「ねえ」
アザリアは意を決して声をかけた。
「何だ」
メルベルの返事は相変わらず短い。
「何も話さないで歩くのって、つまらなくない?」
「別に」
また素っ気ない返答である。しかし、アザリアは諦めなかった。
「私、自分のことを話してもいいかしら」
メルベルは振り返りもしないが、特に拒否もしない。アザリアはそれを許可と受け取った。
「私の父は商人だったの。それも、かなり大きな商会を経営していて」
アザリアは歩きながら語り始めた。
「私が小さい頃は、大きな屋敷に住んでいて、使用人もたくさんいた。巫女になるための教育も、最高の先生に教わっていたのよ」
メルベルは黙って聞いている。
「でも、父が大きな取引で失敗して。借金を背負って、全財産を失ったの。屋敷も使用人も、全部なくなった」
アザリアの声に、かすかな苦味が込められた。
「それで神殿での私の立場も変わった。急に冷たくされるようになって、重要な仕事は回してもらえなくなった」
「それでこの任務か」
メルベルが初めて反応を示した。
「そう。聖地巡礼って言うけれど、実際は島流しよ。辞職するか、危険な任務で死ぬか選べって言われたようなもの」
アザリアは少し語気を強めた。
「でも、諦めるつもりはないの。この前、マリで成功したでしょう? 私にもちゃんと能力があることが分かった」
メルベルは相変わらず無言だが、聞いているのは確かだった。
「だから、絶対に返り咲いてやるのよ。危険な聖地を全部回って、誰にも文句を言わせないくらいの実績を作ってやる」
アザリアの声には、強い意志が込められていた。
「そうすれば、私を見下していた連中を見返してやれる。『没落商人の娘』なんて陰口を叩いていた奴らに、思い知らせてやるのよ」
しばらく沈黙が続いた。アザリアは、自分が饒舌になりすぎたのではないかと心配になった。
「それで」
メルベルがぽつりと言った。
「俺を雇ったのか」
「そういうこと。あなたは安かったし、他に選択肢もなかったし」
アザリアは正直に答えた。
「でも、今は雇ってよかったと思ってる。あなたがいなかったら、マリまでたどり着けなかったかもしれない」
メルベルは短く鼻を鳴らした。皮肉なのか、それとも軽い笑いなのか分からない。
「俺も似たようなものだ」
メルベルが珍しく自分のことを話し始めた。
「一族は代々、正義のために戦ってきた。だが、時代が変わって俺のような戦士は不要になった」
「それで汚れ仕事を」
「生きるためには仕方ない」
メルベルの声には、諦めの色が混じっていた。
「だから、お前の『返り咲き』とやらには興味がない。俺は金のためについてきているだけだ」
その言葉は冷たかったが、以前ほど突き放すような響きはなかった。
「でも、マリでの仕事ぶりは悪くなかった」
「ありがとう」
アザリアは素直に礼を言った。
「これからもよろしくお願いします」
「契約の範囲内でな」
メルベルの返答は相変わらず素っ気ないが、空気は少しだけ和らいだような気がした。
夕方になって、二人は小さな村で一夜を過ごすことにした。宿屋もない小さな村だったが、村長が好意で納屋を貸してくれた。
その夜、焚き火を囲んで夕食を取りながら、アザリアは思った。
この男は、やはり複雑な人物である。表面上は冷たく見えるが、話してみると意外に理解のある面もある。完全に心を開いているわけではないが、少なくとも敵対的ではない。
まだまだ長い旅になりそうだが、少しずつでも関係を改善していけるかもしれない。




