第五十九話「帰途の野望」
メルベルの傷がようやく癒え、二人は都への帰路についた。
「五つ目の聖火...」
アザリアは馬上で、胸の奥に宿るエネルギーを感じながら呟いた。あの絶望的な聖地巡礼から始まったこの旅が、まさかここまでの成果をもたらすとは。
*私は聖女になったのよ*
その事実が、彼女の心を高揚させ続けていた。最初に聖地巡礼を言い渡したあの神官たち—彼らのほとんどが、四つの聖火すら持たない存在だった。今や自分の方が明らかに格上なのだ。
街道沿いの村々では、人々が道端に出てきて二人を見送る。
「聖女様だ」「五つの聖火を宿した方だ」
羨望と畏怖の入り混じった視線が、アザリアを包んでいた。彼女は優雅に手を振り返し、その注目を存分に楽しんでいる。
酒場では、彼らの冒険譚が語り継がれていた。
「世直しの二人組」「森のルカヴィを倒した巫女と戦士」
物語は既に一人歩きを始めており、現実よりもロマンチックに脚色されている。
しかし、アザリアには一つだけ理解に苦しむことがあった。
人々は彼女には敬意を示すが、メルベルに向ける視線は複雑だった。確かに称賛もあるが、同時に奇異の目もある。「異教の戦士」「聖女の護衛」という立場への、微妙な距離感。
*おかしいわ*
アザリアは内心で首を傾げた。自分の成功は、間違いなくメルベルなしには語れない。詩人たちにもそう話したし、事実その通りなのに。
「メルベル」
彼女は何気ない調子で話しかけた。
「他の巫女の伝説って、知ってる?」
「ああ?」メルベルは手綱を握りながら振り返った。「アジョラの話なら聞いたことがある」
「どんな?」
「エリドゥから生還した唯一の聖女だろう。ガードは全滅したが、一人で帰ってきた」
「そのガードのことは?」
「よく知らん。神殿戦士だったんじゃないか?」
アザリアは少し失望した。この男は、聖地巡礼の専門的なことを何も知らないのだ。
*そういえば...*
彼女はふと思い至った。他の巫女の伝説では、必ずと言っていいほど「ガード」との関係が語られている。正式な契約を結んだ護衛として。
しかし、自分たちはまだ単なる雇用関係だった。金貨二十枚での一時的な契約。
*これはおかしいわ*
アザリアの商人の血が騒いだ。これほどの実績を持つ護衛を、たった二十枚で手放すなど、明らかに損失だ。
*都に着いたら...*
彼女は心の中で計画を練り始めた。ガードの資格は、通常神殿戦士にのみ与えられる。しかし、それは単なる慣習だった。聖女には、任意の護衛に対してガードの地位を授ける権限がある。
メルベルはその辺りの制度を知らないようだった。彼にとって「ガード」とは、神殿戦士の上位職程度の認識なのだろう。
*もしも彼に「ガードになってくれ」なんて頼んだら...*
アザリアは苦笑いを浮かべた。この偏屈で意地っ張りな男のことだ。きっと「俺には過ぎた身分だ」とか言って断ってくるに違いない。
*だったら...*
邪悪な笑みが、彼女の口元に浮かんだ。
*黙って儀式を受けさせて、なし崩し的に私のガードにしてしまえばいいのよ*
都に着けば、正式な聖女として認定される。その権限で、メルベルを正式なガードに任命する。事後承諾で構わない。
「何をニヤニヤしてるんだ?」
メルベルが不審そうに見ている。
「何でもないわ」アザリアは上品に微笑んだ。「ただ、都に着くのが楽しみなだけよ」
*そうよ、楽しみだわ*
彼女の胸は期待で躍っていた。五つの聖火を宿した聖女としての地位。そして、優秀なガードとしてのメルベル。
*私たちは最強のコンビになるのよ*
メルベルは彼女の様子を見ながら、漠然とした不安を感じていた。アザリアの表情に、何か企んでいるような気配がある。
しかし、彼にはその正体が分からなかった。
街道は都に向かって続いている。二人の運命を大きく変える出来事が、そこで待ち受けているとも知らずに。
「急ごう」アザリアが馬に拍車をかけた。「一日でも早く都に着きたいわ」




