表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/244

第五十五話「絶望からの逆転」



メルベルの膝が地面に崩れ落ちた。


血が口元から滴り落ち、剣を握る手も震えている。体中の傷から血が滲み、立っているのがやっとの状態だった。


ルカヴィの女は勝利を確信したように、ゆっくりと彼に近づいてくる。


「どうしたの?もう立てないの?」


女の声には、獲物を前にした捕食者の悦びが滲んでいた。


「情けないわね。あれほど大口を叩いていたのに、これが異教の法力使いの限界かしら」


メルベルは荒い息をつきながら、なんとか剣を支えにして立ち上がろうとした。しかし、足に力が入らない。


「無駄よ。もう終わりなの」


女は骨の剣を杖代わりにして、居丈高に言い放った。


「でも、せっかくだから楽しませてもらうわ。その巫女の目の前で、お前を八つ裂きにしてやる。彼女の絶望する顔を見ながら死ぬのよ」


アザリアの顔が青ざめた。祠の陰で震えながら、それでも目を逸らすことができない。


「メルベル...」


彼女の声は風にかき消されそうなほど小さかった。


女がメルベルの髪を掴んで、無理やり立たせる。彼の体重を支えるほどの怪力で、まるで人形のように持ち上げた。


「見なさい、巫女よ。これがお前の守護者の末路よ」


メルベルの体がぐったりと力を失っている。意識も朦朧としているようで、抵抗する様子もない。


アザリアは絶望に打ちひしがれ、その場に膝をついた。両手を胸の前で組み、目を閉じて祈り始める。


「どうか...どうか神よ...」


涙が頬を伝って落ちる。もはやこれまでだった。メルベルが倒れれば、自分も同じ運命を辿る。せめて、彼の魂が安らかに眠れるようにと、彼女は必死に祈った。


「ふふふ、諦めたのね。賢明よ」


女は満足げにメルベルを見下ろした。


「では、始めましょうか。まずはその腕から—」


その瞬間だった。


メルベルの右手が、電光石火の速さで動いた。懐に隠し持っていた短刀に、残された全ての法力を込めて。


「がっ!」


女の胸に、燃え盛る短刀が深々と突き刺さった。


「な、何...?」


女の目が驚愕に見開かれる。メルベルの目に、鋭い光が戻っていた。


「まだ...終わってない」


彼は短刀を深く押し込みながら、左の拳に渾身の炎のエネルギーを込めた。傷口に向かって、全力で拳を叩き込む。


「うおおおおっ!」


炎のエネルギーが女の体内に流れ込んだ。彼女の内側から、赤い光が漏れ始める。


「ぎゃああああっ!」


女は凄まじい悲鳴を上げて、メルベルを放り投げた。彼は地面に叩きつけられたが、それでも炎のエネルギーを送り続ける。


「こんな...こんなバカな!」


女は胸を押さえながら、苦悶に顔を歪めた。体の内側で炎が燃え広がり、コントロールが効かない。


「人間如きに...この私が...!」


彼女の声は怒りと絶望に満ちていた。骨の装備が溶け始め、人皮の鎧が燃え上がる。


「許さない...許さないぞ...!」


女は最後の力を振り絞って、メルベルに向かって手を伸ばした。しかし、その手は途中で力を失い、地面に落ちる。


「ぐっ...ぐあああ...」


体の各所から炎が噴き出し、女の形が崩れ始めた。美しかった顔も歪み、青白い肌が炭のように黒ずんでいく。


「呪ってやる...呪ってやるぞ...法力使い...」


最後の呪いの言葉を吐きながら、女の体はゆっくりと崩壊していった。まるで古い焚き火が風に吹かれて散るように、炭の粉となって森に消えていく。


やがて、そこには何も残らなかった。


アザリアは祈りの姿勢のまま、しばらく現実を受け入れることができなかった。あれほど圧倒的だった敵が、一瞬で消え去ってしまったのだ。


「メルベル...?」


彼女が恐る恐る顔を上げると、メルベルが地面に仰向けに倒れていた。胸が規則正しく上下している。生きている。


「メルベル!」


アザリアは駆け寄って、彼の頭を抱き上げた。


「大丈夫?しっかりして!」


メルベルはゆっくりと目を開けた。かすれた声で言う。


「...なんとか、片付いたな」


「どうして...どうして最後に勝てたの?」


アザリアの目には、まだ信じられないという表情が浮かんでいる。


メルベルは苦しそうに笑った。


「死んだふりをした。奴が油断するのを...待っていた」


実際には、彼の体力は本当に限界だった。しかし、最後の最後で、相手の慢心につけ込む機会を狙っていたのだ。


「あの短刀は...?」


「父の形見だ。いざという時のために、いつも持ち歩いている」


メルベルは血を拭いながら、ゆっくりと起き上がろうとした。


「もう大丈夫。森を出よう。日が暮れる前に」


アザリアは彼の肩を支えながら立ち上がらせた。


「ありがとう...ありがとう、メルベル」


彼女の声は感謝と安堵に震えていた。


「礼を言うのは森を出てからだ」


メルベルは歯を食いしばって歩き始めた。傷は深いが、まだ動ける。そして、この森で一番危険な敵を倒した今、道中の脅威は大幅に減っているはずだった。


二人は森の奥から、ゆっくりと歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ