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第五十三話「夜明けと聖火」



東の空が白み始めた時、森に静寂が戻った。


夜通し響いていた恐ろしい唸り声が、まるで潮が引くように遠ざかっていく。代わりに聞こえてくるのは、普通の森らしい小鳥のさえずりと、そよ風が葉を揺らす音だった。


メルベルとアザリアは、毛布の中で朝日を迎えた。二人とも一睡もしていない。疲労で体は重いが、生き延びたという安堵感が全身を包んでいる。


アザリアがゆっくりと体を起こす。メルベルも無言で立ち上がった。お互いに目を合わせることもなく、申し合わせたように荷物をまとめ始める。


必要最小限の動作で準備を整え、二人は再び森の奥へと歩き始めた。


しばらく歩いて、メルベルは奇妙なことに気がついた。昨日あれほど多かったアンデッドの気配が、圧倒的に少なくなっている。森の空気そのものが、昨日とは違って見えた。


*ティアマトたちか...*


彼は内心で納得した。昨夜の銃声が物語っている。おそらく彼らがアンデッドと大規模な戦闘を繰り広げ、この一帯のアンデッドを引き寄せたのだろう。皮肉にも、それが自分たちの道を開いてくれた。


二時間ほど歩いた頃、森の様子が変わり始めた。木々の密度が薄くなり、代わりに奇妙な岩の台地が姿を現す。風化した石柱や、崩れかけた石垣が点在していた。


かつてここには人の営みがあったのだ。神殿か、それとも古い集落か。今では森に飲み込まれ、朽ち果てた遺跡となっている。


そして、台地の中央に、それはあった。


古い石造りの祠。屋根は半ば崩れ落ちているが、中央で静かに燃え続ける聖火は、千年の時を経てもなお輝いている。


「見つけた...」


アザリアの声に、安堵と興奮が混じっていた。彼女は早足で祠に向かう。


メルベルは周囲を警戒しながら後に続いた。この場所は確かに神聖だが、同時に危険でもある。聖火のエネルギーに引かれて、強力なアンデッドが現れる可能性もある。


祠の前に立ったアザリアは、深く息を整えた。疲労が顔に刻まれているが、その表情には確固たる決意がある。


「メルベル、警戒をお願い」


彼は頷き、剣の柄に手を置いて四方を見渡した。今のところ異常はない。しかし、アザリアが聖火を受け取った瞬間から、本当の危険が始まることを彼は知っていた。


アザリアは祠の前に跪き、両手を聖火にかざした。炎がゆらめき、彼女の手のひらに向かって伸びていく。


*早くしてくれ...*


メルベルの心は焦りで満ちていた。聖火を受け取った後の脱出が、最も困難な局面となる。アザリアのエネルギーが強まれば、アンデッドに察知されやすくなる。それも、より強力な個体に。


聖火の光がアザリアを包み始めた。彼女の体が仄かに光り、髪も衣服も炎の色に染まっている。美しくも神々しい光景だったが、メルベルにはそれを楽しむ余裕はない。


*頼む、無事に終わってくれ...*


炎がアザリアの体内に収束していく。彼女の顔に安らぎの表情が浮かんだ。成功だ。五つ目の聖火を手に入れた。


しかし、その瞬間だった。


森の奥から、今まで聞いたことのない咆哮が響いた。それは単なるアンデッドの唸り声ではない。知性を持った何かの、怒りに満ちた雄叫びだった。


アザリアの目が見開かれる。聖火を受け取った直後の彼女は、まだ力の制御ができていない。強大なエネルギーが彼女の周囲に漏れ出している。


「すぐに森を出るぞ」メルベルが短く告げる。


彼は心の中で計算していた。この状況では、隠密行動は不可能だ。アザリアの聖火エネルギーがアンデッドを引き寄せ続ける。戦いながらの強行突破しかない。


「準備はいいか?」


アザリアは立ち上がり、力強く頷いた。五つの聖火を宿した彼女の目には、これまでにない輝きがある。


「ええ、行きましょう」


二人は祠を後にし、来た道を戻り始めた。しかし、森はもはや昨日とは全く違う様相を呈していた。


遠くから響く咆哮。枝が折れる音。そして、近づいてくる複数の足音。


メルベルは剣を抜いた。刃に炎を纏わせ、戦闘態勢に入る。


「俺の後ろから離れるな」


アザリアは頷き、自分の聖火エネルギーを制御しようと努めた。しかし、まだ新しい力に慣れておらず、エネルギーの漏出を完全に止めることはできない。


森の奥から、複数の影が現れ始めた。腐敗系、そして—より危険な気配を放つ何かが。


メルベルの心に、あの予知夢の光景が蘇った。だが今は、それを振り払う時ではない。


「来るぞ」


彼は剣を構え、アザリアを守るべく前に出た。長い夜を乗り越えた二人に、最後の試練が迫っていた。

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