第五十一話「袂を分かつ」
洞窟の中で、二つのグループは向かい合っていた。松明の揺らめく炎が、険しい表情を浮き彫りにしている。
「近道を取るべきです」ティアマトが扇子を膝の上で握りしめながら主張した。「時間をかけすぎれば、それだけ危険も増します。速やかに聖火を確保して撤退するのが最善の策でしょう」
エア・ナブも頷いた。
「我々の装備と人数なら、多少のアンデッドは問題ありません。迂回ルートでは日没までに到達できるか分からない」
アザリアは首を振った。
「でも、確実性を考えるなら慎重に行くべきよ。ここまで来れたのも、無理をしなかったからでしょう?」
メルベルは地図を見つめながら、低い声で言った。
「迂回ルートの方がいい。近道は魅力的だが、アンデッドの密度が高すぎる。あの辺りは元々村があった場所だ。死者の数も多いはずだ」
「臆病風に吹かれたのですか?」ティアマトの声に軽蔑が混じった。「それとも、異教の戦士には荷が重すぎる相手なのかしら」
メルベルの目が冷たく光ったが、彼は感情を抑えて答えた。
「好きにしろ。だが、俺たちは迂回する」
エア・ナブが仲裁に入った。
「ここで意見が分かれるのは仕方ありません。それぞれの判断で行動しましょう」
しばしの沈黙の後、ティアマトが立ち上がった。
「そうですね。お互いの健闘を祈りましょう。ここまで一緒に来れたことには感謝いたします」
アザリアも渋々立ち上がり、形式的な挨拶を交わした。
「こちらこそ。気をつけて」
しかし、その表情には明らかに不満が刻まれている。
神殿戦士たちが装備を整え始めると、洞窟の中が慌ただしくなった。二つのグループは別々の出口から森へと向かうことになる。
ティアマト一行が奥の出口へ向かう姿を見送った後、アザリアは大きくため息をついた。
「あー、せいせいした!」
彼女は手をパンパンと叩いて、晴れ晴れとした表情を見せた。
「連中なんて、ゾンビさんたちに追い回されればいいのよ。あの高慢ちきな態度、本当にムカつくわ」
メルベルは苦笑いを浮かべた。
「あまり他人の不幸を願うもんじゃない」
「だって、仕方ないでしょう。私に散々嫌味を言っておいて」アザリアは頬を膨らませる。「特にあの巫女、『たかが一つの聖地』だなんて、よくも言ってくれたわよ」
メルベルは装備を確認しながら言った。
「俺たちは少人数だから、徹底的にアンデッドの視界を避けていくぞ。あの騒がしい連中に巻き込まれないうちに、さっさと離れよう」
「賛成!もう二度と顔も見たくないわ」
アザリアは元気よく立ち上がり、ローブの埃を払った。二人だけになったことで、彼女の表情は明らかに明るくなっている。
「それにしても」彼女は振り返りながら呟いた。「あの人たち、本当に大丈夫かしら?近道って言ったって、危険なのには変わりないのに」
メルベルは洞窟の入り口から外の様子を確認している。
「自分たちの心配をしろ。俺たちも楽な道のりじゃない」
彼の表情は相変わらず険しかった。二人だけになった安堵感とは裏腹に、これから先の道のりへの不安が胸を締め付ける。
迂回ルートは確かに安全だが、時間がかかる。そして、アザリアが聖火を受け取った後の帰路—それこそが本当の試練になるだろう。
「準備はいいか?」
「ええ」アザリアは頷いた。「あなたと二人なら、何とかなるわ」
その信頼に満ちた言葉に、メルベルは複雑な感情を抱いた。彼女の期待に応えなければならない。だが、胸の奥で蠢く不安は消えない。
予知夢の光景が、また脳裏をよぎった。甘い腐敗の香り、泣き叫ぶアザリア、そして世界を覆い尽くす悪夢—。
「行くぞ」
メルベルは短く告げ、洞窟の入り口から外へ出た。アザリアがその後に続く。
二人の足音が落ち葉を踏みしめ、深い森の奥へと向かっていく。遠くから聞こえてくる神殿戦士たちの足音が、次第に遠ざかっていった。
森は再び、死のような静寂に包まれた。そして、風に乗って、あの甘い香りがかすかに漂ってくる。




