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第四十九話「森の掟」

# 第四十九話「森の掟」


キシュの大森林が眼前に広がった時、その異様な静寂がまず一行を襲った。本来なら鳥のさえずりや虫の音が響くはずの森に、死のような沈黙が横たわっている。古い巨木が幾重にも重なり合い、陽光を遮って薄暗い緑の回廊を作り出していた。


メルベルは馬から降りると、険しい表情で一行を見回した。


「ここからは一切無駄口なしだ」


その瞬間、ティアマトが扇子をパチンと閉じる音が響いた。


「無駄口とは何ですの?あなたに指図される筋合いはございませんわ」


「異教徒のくせに偉そうに」神殿戦士の一人が小声で呟く。


アザリアの目がギラリと光った。


「なんですって、その言い分は!申し出たのはそちらのくせに」


「そうですわ、こちらが提案して差し上げたのに、まるで私たちが頼み込んだみたいな」ティアマトの声に棘がある。


メルベルの低い声が、言い争いを一刀両断に切り裂いた。


「黙れ!」


その迫力に、神殿戦士たちまでもが口を閉じた。メルベルの顔には、これまで見せたことのない厳しさが刻まれている。


「森の中はアンデッドでウヨウヨしている。移動は可能な限り音を立てないように行う。言い合いなどもってのほかだ」


彼は腰の革袋から古びた地図を取り出し、エア・ナブの前に広げた。


「あんたたちがどういう経路を辿ったのか教えろ。撤退した理由も詳しく聞かせてもらう」


エア・ナブは地図上の点々を指しながら説明し始めた。


「この辺りで最初の群れと遭遇しました。腐敗系が主でしたが、数が予想以上で...」


「何体ぐらいだ?」


「二十...いえ、三十は超えていたと思います。包囲されそうになったので、銃撃で道を切り開いて退却を」


メルベルの表情が更に険しくなった。


「大人数でも囲まれると結局は対応しきれなくなる。隠密行動が大前提だ」彼は神殿戦士たちを見回す。「あんたたちの銃での応戦は最終手段。森の手前まで撤退するのに使わざるを得ない状況になれば、乱闘は避けられないだろうが...」


「ちょっと待て」神殿戦士の一人が割って入った。「俺たちの武器を使うなというのか?何のための装備だと思ってる」


「そうだ。法石銃があるからこそ、アンデッドと戦えるんだ」別の戦士も不満を露わにする。


メルベルは冷ややかな目で彼らを見た。


「音を立てて仲間を呼び寄せるつもりか?一発撃てば森中のアンデッドがここに向かってくる。あんたたちはそれを全部相手にする自信があるのか?」


エア・ナブが部下たちを制した。


「メルベル殿の言う通りです。私の許可があるまで、銃の使用は禁止とします」


神殿戦士たちの間に不満の呟きが漏れる。「異教徒の言いなりになるのか」「我々の戦い方を否定するつもりか」


メルベルは内心で舌打ちした。この連中は全く分かっていない。森での戦いがどれほど違うものか、都市部での戦闘とは次元が異なることを理解していない。


それでも彼は表情を変えずに続けた。


「剣と法力で静かに片付けられる範囲でのみ戦闘を行う。群れに遭遇したら、一旦距離を取って迂回する。目的は聖火の確保であって、アンデッド退治ではない」


アザリアが渋々頷いた。彼女もメルベルの深刻な表情から、事態の重大さを察し始めていた。


「わかりました。では、どういう隊列で進むの?」


「俺とナブが先頭。あんたたちは中央。神殿戦士が後方と両脇を固める」メルベルは簡潔に指示を出す。「何か異変を感じたら、手信号で伝える。声は出すな」


ティアマトが眉をひそめた。


「随分と軍隊じみた行軍ですのね。聖地巡礼がこんなに殺伐としたものだとは」


メルベルの目が冷たく光った。


「死にたくなければ従え。嫌なら今すぐ引き返せ」


森の入り口で、一行は最後の装備点検を行った。アザリアは軽装のローブの下に革の胸当てを着込み、小さな法石を腰帯に差している。ティアマトは相変わらず装飾の多い甲冑だが、宝石類は外していた。


メルベルは剣の柄を握りしめながら、胸の奥で不安がざわめくのを感じていた。この大人数での行動、統制の取れない神殿戦士たち、そして何より巫女同士の確執。全てが悪い方向に向かっている気がしてならない。


「準備はいいか?」エア・ナブが確認する。


一行が頷くと、メルベルは森の奥へと足を向けた。踏みしめる落ち葉の音さえ、この静寂の中では異様に響く。


背後から、神殿戦士の一人が小声で呟いた。


「本当にあの異教徒の言う通りにするのか?」


エア・ナブの鋭い視線が部下を黙らせたが、メルベルの心の奥で、暗い予感がさらに膨らんでいく。この森で、何かが待っている。そして、それは彼の最悪の悪夢に繋がっているような気がしてならなかった。


森の奥から、かすかに甘い香りが漂ってきた―まるで腐った花のような、妖しい匂いが。

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