第四十七話「見栄の応酬」
翌日の午後、神殿の会議室で四人が向かい合って座っていた。テーブルを挟んで、アザリアとメルベル、そしてティアマトとエア・ナブ。空気は最初から張り詰めていた。
「昨日はお疲れさまでした」
ティアマトが上品な笑みを浮かべて口火を切った。
「ご検討いただけましたでしょうか?」
「ええ、一応は」
アザリアが同じように微笑み返したが、その目は笑っていなかった。
「ただし、いくつか確認したいことがありますの」
「どのようなことでしょう?」
「まず、指揮系統ですわね」
アザリアが身を乗り出した。
「当然、私たちはあなた方の指示に従うつもりはありませんから」
「もちろんです」
ティアマトの笑顔が僅かに硬くなった。
「私たちも同様ですわ。お互い独立した判断で行動いたします」
「それでしたら問題ありませんが」
アザリアが続けた。
「ところで、そちらは今回が二度目の挑戦でしたわね?」
「ええ、そうですが」
「初回で失敗なさったということは、準備不足だったのでしょうか?」
ティアマトの表情が一瞬凍りついた。明らかに痛いところを突かれたのだ。
「準備不足というより、現地の状況が予想以上に厳しかっただけですわ」
「まあ、そうでしたの」
アザリアが同情するような声を出したが、その口調には嫌味が込められていた。
「それでしたら、今度は大丈夫でしょうね?」
「当然です」
ティアマトの声に苛立ちが滲み始めた。
「前回の経験を踏まえて、万全の準備を整えております」
「それは頼もしいですわ」
アザリアが手を叩いた。
「私たちのような初心者には、とても心強いことです」
メルベルとエア・ナブは、二人の女性の火花散る会話を黙って見守っていた。
「ところで」
今度はティアマトが攻勢に出た。
「アザリア様は、まだ一つしか聖地を攻略していらっしゃらないのですよね?」
「ええ、そうですけれど」
「シッパルは確かに困難な聖地ですが、アンデッドとの戦闘はほとんどありませんでしたでしょう?」
アザリアの表情が硬くなった。
「今回のキシュは、本格的な戦闘が予想されます。大丈夫でしょうか?」
「心配には及びませんわ」
アザリアが冷たく答えた。
「私の護衛は非常に優秀ですから」
「そうでしょうとも」
ティアマトがメルベルに視線を向けた。
「ただ、お一人では限界もあるのではないでしょうか?」
「一人で十分よ」
アザリアが即座に言い返した。
「むしろ、大人数で動いて足手まといになる方が心配ですわ」
「足手まとい?」
ティアマトの声が上ずった。
「私たちの神殿戦士が?」
「いえいえ、そういう意味ではありませんの」
アザリアが慌てたふりをして手を振った。
「ただ、人数が多いと小回りが利かないのではないかと」
「小回り?」
「ええ。私たちのように身軽に動けませんでしょう?」
「身軽…」
ティアマトが深呼吸をした。明らかに怒りを抑えようとしている。
「確かに、装備が貧弱であれば身軽でしょうね」
「貧弱?」
今度はアザリアが眉をひそめた。
「実用的と言っていただきたいですわ」
「実用的、ですか」
ティアマトが見下すような視線を向けた。
「確かに、お金がなければ実用性を重視せざるを得ませんものね」
「お金?」
アザリアの声が危険な調子になった。
「私たちは必要十分な資金を持っておりますわ。無駄遣いをしないだけです」
「無駄遣い…」
ティアマトが立ち上がった。
「私たちの装備を無駄遣いとおっしゃるのですか?」
「そんなことは申しておりません」
アザリアも立ち上がった。
「ただ、実戦に不向きな装飾品にお金をかけるのは、いかがなものかと」
「実戦に不向き?」
「見た目は立派ですけれど、本当に戦えるのでしょうか?」
その時、エア・ナブが割って入った。
「お二人とも、落ち着いてください」
「そうですな」
メルベルも同調した。
「こんな調子では、共同行動など無理だろう」
両者が席に戻ると、気まずい沈黙が流れた。
「…まあ」
ティアマトが最初に口を開いた。
「お互い、多少の意見の相違はあるようですが」
「ええ」
アザリアも同意した。
「でも、目的は同じですものね」
「そうですわね」
「それでしたら、一応は同行ということで」
「一応は、ですわね」
二人の合意は、どちらも不本意そうだった。しかし、それぞれの思惑があって、この提案を受け入れることになった。
メルベルとエア・ナブは、安堵のため息をついた。
「では、詳細な計画を立てましょうか」
エア・ナブが提案した。
「出発は一週間後ということで」
「結構ですわ」
アザリアが頷いた。
女性陣が席を立った後、男性二人だけが残された。
「やれやれ」
エア・ナブが若干疲れたような表情でため息をついた。
「では、ボスがああ言っているので、同行はしましょうか」
「ああ」
メルベルも同じようにため息をついて答えた。
「俺は雇い主の意向には従う」
しかし、彼の表情は硬いままだった。
「ただし、基本的にはこっちの巫女の意見に賛同だ」
「と言いますと?」
「そっちの判断でこっちが窮地に陥っても馬鹿のようだからな」
メルベルが冷たく言い放った。
「あくまで情報共有程度だ。資源の共有も、余程の危急時でない限り行わない」
エア・ナブの表情が困ったように曇った。
「それでは、せっかくの共同行動の意味が…」
「意味があるかどうかは、これから判断する」
メルベルが立ち上がった。
「とりあえず、俺たちは俺たちのやり方でやらせてもらう」
その素っ気ない態度に、エア・ナブも困惑した様子だった。




