第四十四話「偏見の理由」
宿の部屋で荷物をまとめながら、アザリアは先ほどからずっと考え込んでいた。街の人々の反応が頭から離れない。
「ねえ、メルベル」
彼女が振り返った。
「失礼かもしれないけれど、なぜ異教の戦士がそんなに偏見を持たれているの?」
メルベルは手を止めて、しばらく考えていた。
「知らないのか?」
「神殿では、そういうことはあまり教えてくれなかったの」
「そうだな…」
メルベルが重い口を開いた。
「最近の法力使いの力の矛先が、あまりいい方向に向いていないというのもある」
「どういうこと?」
「社会的に法力使いが用済みになったことに加えて、伝統的に法力使いがしばしば力に傾倒して、むしろアンデッド側に与するパターンが昔からよくあったんだ」
アザリアの表情が変わった。
「アンデッド側に?」
「現在のアンデッドの王も、実は元々法力使いの結構な大手の流派の長だったと言われている」
メルベルの声は苦々しかった。
「ルカヴィと呼ばれるアンデッドの多くが、元法力使いという経緯が多いからじゃないか」
「そんな…」
アザリアが息を呑んだ。
「でも、神殿戦士だって法力を使うじゃない」
「連中は都市部の聖火のエネルギーを利用して戦う。俺とは技の成り立ちが違う」
メルベルが説明した。
「都市部での法力使いは、ほとんど無尽蔵のエネルギーを持っている。正直に言えば、俺も多分勝てない」
「あなたより強いの?」
「装備や支援体制も含めれば、圧倒的だろうな」
メルベルが肩をすくめた。
「だから、イメージとしては俺のような異教の法力使いは、弱くて敵の手下になりがちな連中ということなんだろう」
その言葉を聞いた瞬間、アザリアの感情が爆発した。
「何よ、それ!」
突然の剣幕に、メルベルが驚いた。
「あなたがあんなに強いのに、なぜそんなことを言うの!」
「アザリア、落ち着け」
「落ち着けって何よ!」
アザリアが立ち上がった。
「あなたは私を何度も救ってくれたじゃない!あのルカヴィだって一人で倒したのに!」
「それは…」
「それはじゃないわよ!」
アザリアの目に涙が浮かんでいた。
「なんで自分をそんなふうに卑下するの?なんで堂々としていないの?」
(勘弁してくれ)
メルベルは内心で呟いた。彼女の怒りが自分に向けられているのは理不尽だが、感情的になっている今は何を言っても無駄だろう。
「確かに、その通りだが…」
「その通りだがじゃないの!」
アザリアがさらに声を荒らげた。
「積み重ねてきた評価だから、俺にはどうすることもできない、なんて諦めるからよ!」
「アザリア」
メルベルが穏やかな声で言った。
「俺の立場は、一朝一夕で変わるものじゃない」
「でも…」
「それに、俺は別に気にしていない」
「嘘よ」
アザリアが睨んだ。
「気にしてないなら、なぜそんなに諦めたような顔をするの?」
メルベルは答えに窮した。確かに、完全に気にしていないと言えば嘘になる。
「俺がどう思われようと、あんたが俺を信頼してくれているなら、それで十分だ」
その言葉に、アザリアの怒りが少し和らいだ。
「本当に?」
「本当だ」
メルベルが微笑んだ。
「それに、あんたが俺を庇ってくれるのは嬉しい」
アザリアは黙り込んだ。確かに、自分の怒りは理不尽だった。メルベルが悪いわけではない。
「ごめんなさい」
小さな声で謝った。
「怒鳴ったりして」
「気にするな」
メルベルが荷物をまとめながら答えた。
「あんたの気持ちは嬉しかった」
しばらく沈黙が続いた。やがて、アザリアが口を開いた。
「でも、やっぱり納得できない」
「何が?」
「あなたみたいに立派な人が、不当に扱われるのが」
メルベルは手を止めて、彼女を見つめた。
「立派、か」
「ええ、立派よ」
アザリアがきっぱりと言った。
「少なくとも、私にとってはそう」
その言葉に、メルベルは何とも言えない気持ちになった。
(この女は、俺を買いかぶりすぎている)
しかし、その信頼が重荷でもあり、同時に支えでもあった。




