第四十三話「歓待と偏見」
街の中央広場に人々が集まっていた。村長を始めとする代表者たちが、救世主として二人を迎えている。アザリアが布に包まれたルカヴィの手首を取り出すと、人々からどよめきが起こった。
「これが…あの化け物の」
村長が恐る恐る近づいた。手首はまだ微かに蠢いており、その不気味さに多くの人が顔をしかめた。
「ルカヴィと呼ばれる、知能を持ったアンデッドです」
アザリアが説明した。
「こいつが墓地を汚染し、死体を操って街を襲わせていました」
「そんな恐ろしい化け物が…」
「でも、もう大丈夫です」
アザリアの声には誇らしさが込められていた。
「私たちが退治しましたから」
人々から感謝の声が上がった。しかし、アザリアはそれだけでは満足しなかった。
「これも、この偉大な戦士メルベルのおかげです」
彼女がメルベルを紹介すると、広場の空気が微妙に変わった。人々の表情に、わずかな困惑と居心地の悪さが浮かんだ。
確かにメルベルが化け物を倒したのは事実だ。しかし、異教徒の戦士を公然と称賛することに、彼らは複雑な思いを抱いていた。都市部に近いこの街では、神殿の影響が強く、異教徒への偏見も根深い。
「そ、そうですね…」
村長が曖昧に答えた。
「確かに、その…戦士殿のお力添えもあって…」
その微妙な反応に、アザリアの表情が変わった。眉がピクリと動き、口元に不快感が浮かぶ。
「お力添え?」
アザリアの声が低くなった。
「彼が一人でルカヴィと戦って勝ったのよ。私は後ろで見ていただけ」
「いえ、もちろん感謝しておりますが…」
代表者の一人が慌てて言い繕おうとしたが、アザリアの機嫌はもう完全に損なわれていた。
「でも、その…神殿の教えでは…」
「神殿の教え?」
アザリアが鋭く言い返した。
「神殿の戦士たちは、あの化け物に立ち向かえたの?」
人々は押し黙った。確かに、街の神殿戦士たちは腐敗系アンデッドにすら苦戦していた。ルカヴィなど到底相手にならなかっただろう。
「巫女様、どうか怒らないでください」
村長が慌てて取り繕った。
「私たちは心から感謝しております。ぜひ、お礼をさせていただきたい」
「宴を開かせてください」
別の代表者が付け加えた。
「街の皆で、お二人の功績を讃えたいのです」
しかし、アザリアの機嫌は直らなかった。彼女は立ち上がると、明らかに不快そうな表情を浮かべた。
「結構です」
アザリアがきっぱりと断った。
「私たちは報告のために、大都市に一度戻りますから」
「そんな、せめて一晩だけでも…」
「いえ」
アザリアは踵を返すと、大股でずかずかと歩き始めた。その足音は明らかに怒りを表していた。
「お世話になりました」
メルベルが申し訳なさそうに頭を下げて、彼女の後を追った。
「アザリア様!」
人々が呼び止めようとしたが、彼女は振り返ることもなかった。
宿に戻る道すがら、アザリアは一言も口をきかなかった。その背中からは、怒りと失望がありありと伝わってくる。
メルベルは何と声をかけるべきか迷っていた。確かに街の人々の反応は失礼だった。しかし、それが現実でもある。異教徒への偏見は、一朝一夕で変わるものではない。
「すまん」
メルベルがぽつりと言った。
「俺のせいで、不快な思いをさせた」
「あなたのせいじゃないわ」
アザリアが振り返った。その目には怒りの炎が燃えている。
「あの人たちが愚かなのよ。目の前で命を救ってもらっておいて、血筋だの宗教だので人を判断するなんて」
「慣れている」
メルベルが答えた。
「だからって、我慢することないじゃない」
アザリアの声は震えていた。
「あなたがどれだけ立派な戦士か、私が一番よく知ってる」
その言葉に、メルベルは複雑な気持ちになった。彼女の怒りは、自分のためのものだった。それは嬉しくもあり、同時に申し訳なくもあった。
宿に着くと、アザリアは荷物をまとめ始めた。
「明日の朝一番に出発しましょう」
「そうだな」
メルベルが同意した。
この街に長居は無用だった。そして、アザリアの怒りもまた、彼女の成長の一部なのかもしれない。
強くなった彼女は、もう理不尽な差別を黙って受け入れることはしない。それは頼もしくもあり、同時に不安でもあった。
夜が更けても、アザリアの怒りは収まらなかった。そして、メルベルの心の中では、予知夢の暗い影がまた一つ、現実味を帯びていた。




