第四十話「阿鼻叫喚の朝」
朝の光が街を照らした時、そこは地獄絵図と化していた。
「助けて!」
「化け物よ!」
街のあちこちから悲鳴が響いている。昨夜まで静かだった街に、今や腐敗した死体がゆらゆらと歩き回っていた。墓地から這い出してきたらしい亡骸たちが、生者を求めて彷徨っている。
「なんてことに…」
宿から飛び出したアザリアが、その光景に息を呑んだ。
街の神殿戦士たちが慌てふためきながら法石銃を構え、散発的に発砲している。しかし、数が多すぎて対応しきれていない。
「巫女様!」
駆け寄ってきた神殿戦士が叫んだ。
「墓地の浄化をお願いします!根元を断たなければ、いくら倒しても湧いて出てきます!」
「わかりました」
アザリアが頷いた。確かに、腐敗系アンデッドの大量発生は墓地の汚染が原因だ。
「私も手伝います」
村付きの巫女が息を切らしてやってきた。若い女性で、明らかに経験不足だった。
「お願いします」
アザリアが答えると、二人は墓地に向かって走り出した。
メルベルは街の混乱を見回しながら、冷静に状況を分析していた。
(妙だな)
彼は考えていた。確かに墓地の汚染でアンデッドが発生することはある。しかし、これほど大規模で、これほど組織的な襲撃は自然発生では考えにくい。
(昨夜の侵入者といい、これは計画的だ)
メルベルの頭の中で、推理が組み立てられていく。
(この襲撃は、きっとアザリアを狙ったアンデッドの仕業だ)
今やアザリアは、四つの聖火を宿す上級の巫女となっている。その強大なエネルギーは、アンデッドにとって垂涎の的だった。
(防衛の甘い田舎の街にノコノコと歩いているのを、近場のアンデッドが嗅ぎつけたに違いない)
メルベルは街を見回した。表面上は混乱しているが、この騒動を影から操っている存在がいるはずだ。
(この街のどこかに、何食わぬ顔で潜伏しているルカヴィがいる)
知能型のアンデッドなら、人間に紛れて潜伏することも可能だ。そして、機会を見てアザリアを襲うつもりなのだろう。
墓地では、アザリアが懸命に浄化作業を行っていた。聖火の力が墓地全体に広がり、汚染されたエネルギーを清めていく。
「すごいです!」
村付きの巫女が感嘆の声を上げた。
「こんなに大規模な浄化を一人で…」
確かに、アザリアの能力は目覚ましかった。シッパルの聖火を得てから、その力は飛躍的に向上している。
しかし、メルベルにとってそれは喜ばしいことばかりではなかった。強くなればなるほど、アザリアは狙われやすくなる。
(やはり、予知夢の通りになっている)
彼の心に、不安が広がっていく。
墓地の浄化が進むにつれ、街を徘徊していたアンデッドたちも次第に動きを止めていった。根元が絶たれれば、腐敗系アンデッドは長時間活動できない。
「終わりました」
アザリアが額の汗を拭いながら報告した。
「お疲れさまでした」
神殿戦士たちが深々と頭を下げた。
「おかげで街が救われました」
しかし、メルベルの警戒は解けなかった。これは序章に過ぎない。本当の敵は、まだ姿を現していない。
「アザリア」
メルベルが彼女を呼んだ。
「なるべく早くこの街を出よう」
「でも、まだ完全には…」
「十分だ」
メルベルが強く言った。
「長居は無用だ」
アザリアは不満そうだったが、メルベルの深刻な表情を見て頷いた。
「わかったわ」
二人は急いで宿に戻り、荷物をまとめ始めた。しかし、その時にはもう遅かった。




