第三十八話「危険地帯への道程」
下山の途中、メルベルは地図を広げてアザリアと今後の行程を相談していた。シッパルの聖火を手にした彼女の表情は明るく、次の挑戦への期待に満ちている。
「次はどこを目指すの?」
アザリアが尋ねた。
メルベルは地図上の一点を指差した。
「キシュだな」
「キシュ…」
アザリアが地図を覗き込んだ。そこには古い都市の廃墟が描かれ、周囲一帯に深い森の記号が広がっている。
「昔は栄えた都市だった。今は森ごとアンデッドに乗っ取られてる」
メルベルが簡潔に説明した。
「森全体が?」
「ああ。木の陰にゾロゾロいる。夜になりゃもっと増える」
アザリアの表情が引き締まった。
「でも、森の手前までなら巫女の往来もある。まあ、少ないがな」
「他の巫女たちも挑戦してるってこと?」
「してる。大抵帰ってこない」
メルベルの素っ気ない答えに、アザリアは息を呑んだ。
「キシュの後は?」
「バビロン、それからエリドゥ。この順番で回るのが無駄がない」
アザリアは地図を見つめながら考えていた。確かに地理的な配置を考えれば合理的だった。
「危険度はどう?」
「どれも死ねる」
メルベルが即答した。
「キシュは数が多い。バビロンは厄介なのがいる。エリドゥは…」
彼は言葉を切った。
「エリドゥはどうなの?」
「わからん」
「わからないって?」
「現役の聖女アジョラ以外、生きて戻ってきた巫女がいない」
アザリアの顔が青ざめた。
「一人も?」
「一人もだ。しかもアジョラのガードは全滅してる。本人も詳細を語らない」
「そんな…」
「だから今の上級巫女は、エリドゥには行かずに聖地巡礼終了って言い張ってる」
メルベルが苦い顔をした。
「本当にあるのかも怪しいしな。あんたも三つで終わりにしても、文句は言われんだろう」
アザリアは複雑な表情を浮かべていた。
「でも、それじゃ完全じゃない」
「死んだら元も子もない」
メルベルの言葉は現実的だった。
「それと」
彼が続けた。
「一つ聖火を手に入れたら、一度大都市に戻ろう」
「戻る?」
「装備を一新する。道すがらの地方都市で仕事をすれば、かなり稼げる。休養しながら旅を続けた方が賢い」
アザリアが考え込んだ。
「確かに、疲れ切った状態で危険地帯に入るのは愚かね」
「そういうことだ」
メルベルが頷いた。
「今までとは次元が違う。一瞬でも集中を切らしたら終わりだ」
「多くの巡礼者が死んでるって…」
「優秀な奴らもな。装備がいくら良くても関係ない」
メルベルの言葉は容赦がなかった。
「あのティアマトみたいな一行でも、どうなるかわからん」
「彼女たちはどこから始めるのかしら?」
「多分バビロンだろう。名誉欲しがりそうだからな」
「でも危険よね」
「当然だ」
二人は地図を見つめながら、しばらく沈黙していた。
「準備にどのくらいかける?」
アザリアが尋ねた。
「一週間は欲しい。装備の確認、補給、情報集め。手を抜くわけにはいかん」
「わかったわ」
アザリアが頷いた。
「それじゃあ、まずはキシュね」
「ああ」
メルベルも頷いたが、その表情は重かった。
彼の心の中では、予知夢の光景が蘇っていた。アザリアが強大な聖火を手にし、そして暗闇に飲み込まれていく恐ろしい未来。
(この先の聖地で、あの夢が現実になるのか)
そんな不安を抱きながら、メルベルは地図を畳んだ。




