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第三十七話「運命の皮肉」



山小屋の静寂を破ったのは、メルベルの苦しそうな呻き声だった。彼は再び悪夢に囚われている。


夢の中で、アザリアは巨大な聖火の前に立っていた。その炎は今まで見たどの聖火よりも大きく、美しく輝いている。彼女が両手を差し出すと、炎は喜ぶように彼女の元へと流れ込んでいく。


しかし、その時だった。暗闇から甘く腐った香りが立ち昇り、アザリアを包み込んだ。まるで妖しい香水のような、吐き気を催す芳香。


「いやあああ!」


アザリアが泣き叫んでいる。聖火の光が次第に闇に飲み込まれていく。そして、その闇の中から微睡の魔王が姿を現した。


世界が悪夢に覆われていく。甘い絶望が全てを支配し、人々は永遠の眠りに落ちていく。


「うっ…」


メルベルがハッとして目を覚ました。全身が嫌な汗でびっしょりと濡れている。


(やはり…)


彼は震える手で額を拭った。


(魔王復活の原因は、彼女の聖火をアンデッドに奪われることだ)


夢の内容が、日に日に鮮明になっている。そして、現実との符合も増している。アザリアが聖火を受領するたびに、夢の中の彼女もより強力な力を手にしていく。


(自分はおそらく護衛に失敗する。彼女はその結果、命と聖火を奪われるに違いない)


メルベルは頭を抱えた。皮肉としか言いようがなかった。


(死ぬために始めた、やけっぱちの仕事が、まさかピンポイントで予言通りにハマる行動をしているとは)


思い返せば、全ては運命的だった。あの酒場でアザリアに出会ったこと。彼女の絶望的な依頼を引き受けたこと。そして、彼女が予想以上の才能を発揮していること。


(もし自分があの時、彼女の仕事を受けていなければ…)


メルベルは苦悶した。


(おそらく彼女は最初の道中で死んでいたか、旅を断念して巫女を廃業していただろう)


アザリアの当初の装備や経験を思い返せば、一人で聖地巡礼を成し遂げるのは不可能だった。メルベルが同行したからこそ、彼女は生き延び、才能を開花させることができた。


(自分が余計な手を加えたことで、悪夢が実現しようとしている)


今やアザリアは最初の聖火巡礼を成功させ、才能も相まって大幅に能力を増大させていた。それは素晴らしいことのはずなのに、メルベルにとっては恐怖でしかなかった。


サイは既に振られていた。アザリアが強力になればなるほど、アンデッドにとって魅力的な標的となる。微睡の魔王の復活に必要な、強大な聖火の器として。


(父上、祖父上…)


メルベルは心の中で先祖に問いかけた。


(予知夢を見た時、どうすればよいのでしょうか)


しかし、答えは返ってこない。父も祖父も、予知夢の内容を語った後に死んでいる。夢の内容を口にすることの危険性を、彼は身をもって知っていた。


それでも、このまま黙っていては、確実に悪夢は現実となる。


(彼女に説明したほうがいいかもしれない)


メルベルは苦悩していた。予知夢の内容を語ることの危険性と、黙っていることの危険性。どちらを選んでも、破滅が待っているような気がした。


隣で眠るアザリアの寝顔を見つめながら、メルベルは決断を迫られていた。彼女は平和そうに眠っている。昨日の成功に満足し、明日への希望に満ちている。


(この平和を壊すべきなのか)


しかし、その平和は幻かもしれない。アザリアが真実を知らないまま破滅に向かっているとすれば、それは平和ではなく、ただの無知でしかない。


東の空が白み始めていた。もうすぐアザリアも目を覚ますだろう。その時、自分はどうするべきなのか。


メルベルは答えの出ない問いと格闘しながら、暗闇の中で考えに耽っている。

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