第三十二話「虚栄と実用」
装備品店の前に立った時、アザリアの目は輝いていた。これまでの旅で蓄えた資金は、確かに相応の買い物を可能にする額だった。
「さあ、思う存分準備しましょう」
アザリアが意気込んで店内に向かうと、メルベルは静かに後を追った。
店内では、メルベルは実用的な品物を黙々と選んでいた。新しい毛布、傷薬、武器の手入れ道具。どれも質素だが、長期の旅には不可欠なものばかりだった。
「それだけ?」
アザリアが呆れたような声で言った。
「もっと派手な甲冑を、向こうのように買ったらどうなの?」
メルベルは顔を上げることもなく答えた。
「あんなクソ重たい装備つけて、山の中を歩くつもりか?」
「でも、見栄えがするじゃない」
アザリアは店の奥で光る装飾甲冑を指差した。
「それに、この香水なんてどう?」
「香水だと?」
メルベルがようやく振り返った。
「何考えてるんだ」
「良い香りがすれば、印象も…」
「アンデッドに場所を教えているようなものだ」
メルベルの声が低くなった。
「香水などもってのほか。それに、道中でそんな金目のもんを持って移動したら目立つし、野盗にでも襲ってくれと言っているようなものだろう」
アザリアは口を尖らせた。
「でも…」
「夢のお告げさえなければ、もう逃げているのだが」
メルベルが小声で呟いた。頭痛を抑えるように額に手を当てる。
「ここからはそれなりの危険地帯だ。可能な限りいざこざを避けて移動しないといけない」
「わかってるわよ」
「わかってない」
メルベルが断言した。
「あんたがどんな目立つ格好をしようと自由だが、死にたくないならその香水と装飾品は棚に戻せ」
アザリアは渋々と香水の瓶を棚に戻したが、不満の色は隠せなかった。
「でも、お手柄を立てても見た目が貧相だと、吟遊詩人が歌ってくれないわ」
その言葉に、メルベルの表情が一変した。
「お前の見せかけの虚栄心にはうんざりだ!」
声が店内に響いた。他の客が振り返る。
「そんなに見栄が張りたいなら、巫女じゃなくて踊り子か劇場に行って芝居の練習でもしてろ!」
アザリアは顔を真っ赤にした。
「ぐぬぬ…」
言い返そうとしたが、メルベルの剣幕に圧倒されて言葉が出ない。やむなく装飾品を棚に戻し、目立たないローブや行商が使うような実用的な靴を手に取り始めた。
「なんで私がこんな地味な…」
アザリアが膨れっ面でぐちぐちと文句を言うと、メルベルは冷たく言い放った。
「俺の方針に文句があるなら、神殿戦士でも雇ってこい。お前の言う通りにしてくれるだろうよ」
「それは…」
「それでアンデッドに囲まれて、銃を撃ち鳴らして居場所を知らせて、囲まれてから食い散らされて終わりだ」
メルベルの言葉には容赦がなかった。アザリアを教え諭そうという優しさはかけらもなく、愚か者を馬鹿にするような冷たさがあった。
アザリアはガックリと肩を落とした。
「わかったわよ…」
項垂れながら、渋々と真面目な買い物を始める。防水性の高いローブ、歩きやすい革靴、実用的な装身具。どれも地味で、華やかさとは程遠いものばかりだった。
「これでいいの?」
アザリアが不機嫌そうに尋ねると、メルベルは無表情で頷いた。
「それで生きて帰れる」
「生きて帰れても、みすぼらしくては…」
「死んだら何も残らん」
メルベルの言葉は簡潔で、反論の余地がなかった。
店を出る時、アザリアは何度も振り返って装飾甲冑を見つめていた。その姿を見て、メルベルは内心でため息をついた。
(この女の虚栄心は、一体いつまで続くのか)
しかし同時に、彼女が素直に従ったことに、僅かな安堵も感じていた。少なくとも、命に関わることでは理性が働くようだった。
「次は食料の調達だな」
メルベルが歩きながら言うと、アザリアは小さく頷いた。まだ不満は残っているが、文句を言う気力も失せたようだった。
ニップルの街を歩きながら、二人は次の目的地について話し合った。最初に向かうのはバビロンの聖地。かつて栄えた大都市だが、今はアンデッドの巣窟と化している。
「覚悟はできているか?」
メルベルが確認すると、アザリアは真剣な表情で頷いた。
「ええ、準備は整いました」
地味な装備に身を包んだアザリアは、確かに目立たない存在になっていた。




