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第二十九話「噂の旅路」


翌朝の出発時、メルベルはアザリアの様子を観察していた。彼女の足取りは確実に変わっていた。最初の頃の頼りなげな歩き方は影を潜め、今では旅慣れた巫女らしい堂々とした風貌を見せている。


(これは最初と比べて、自信をつけたせいか、この女かなり強く出るようになったな)


メルベルは若干苦い顔をした。昨夜の一件を思い返すと、彼女の気の強さは本格的なものだった。契約上の雇い主ということもあるし、戦士の契約上、通例として雇い主に強く出ることもできない。


(認めてくれているようなのでそこはいいが…)


メルベルは歩きながら考えていた。


(このままだと、俺が死んだ時に偉大な戦士というよりは、忠実な子分として語りそうだな)


その想像に、彼は少し肩を落とした。先祖に顔向けできるような名誉ある死を迎えたいと思っていたが、このままでは単なる従僕として記憶されかねない。


「どうしたの?暗い顔して」


アザリアが振り返った。彼女の表情には、昨夜の勝利の余韻がまだ残っている。


「何でもない」


メルベルは短く答えた。


「そう」


アザリアは特に気にした様子もなく、前を向いて歩き続けた。その態度にも、以前とは違う自信が感じられた。


街道を半日ほど歩いた頃、小さな宿場町が見えてきた。キシュという名のその町は、各地からの旅人が集まる情報交換の場として知られていた。


「ここで一泊しましょう」


アザリアが提案した。


「聖火の補充も必要だし、情報収集もできるでしょう」


「ああ」


メルベルは頷いた。


町に入ると、すぐに宿屋と酒場を兼ねた建物が目についた。夕方の時間帯とあって、既に多くの客で賑わっている。


「巫女様、いらっしゃいませ」


宿の主人が深々と頭を下げた。アザリアの巫女服を見ると、すぐに最上の部屋を用意してくれた。


「お食事はいかがなさいますか?」


「お願いします」


アザリアが答えた。


「護衛の方の分も」


主人は一瞬メルベルを見たが、すぐに頷いた。


夕食の時間、二人は酒場の一角で食事をとっていた。周囲では商人や旅人たちが、各地の情報を交換している。


その時、酒場の隅で竪琴を奏でていた吟遊詩人が、新しい歌を始めた。


「聞け、街道を行く人々よ」


吟遊詩人の声が酒場に響いた。


「聖地巡礼の巫女ありて、異教の戦士を伴い旅をする」


アザリアの手が止まった。メルベルも顔を上げる。


「金髪美しき若き巫女は、炎の法力を操る戦士と共に、各地のアンデッドを打ち払いぬ」


酒場の客たちが興味深そうに聞き入っている。


「シッパルの村にて井戸を清め、クタの牧場にて大地を浄化せり」


「まさか…」


アザリアが小さく呟いた。


「街道の野盗を一掃し、人々に平安をもたらせり。その名を問えば、聖女の位に昇らんとする者なりと」


吟遊詩人の歌は続く。


「異教の戦士は炎を纏い、千の敵をも恐れず。その剣技は神の如く、アンデッドの群れを一掃せり」


メルベルは複雑な表情で聞いていた。確かに自分のことが歌われているが、何だか実際とは違う気がする。


「二人の絆は固く結ばれ、どんな困難も乗り越えん。やがては危険な聖地をも攻略し、真の聖女となるであろう」


歌が終わると、酒場から拍手が起こった。


「素晴らしい歌だ」


「本当にそんな巫女がいるのか?」


客たちがざわめいている。


アザリアは顔を赤くしていた。


「私たちのことよね?」


「らしいな」


メルベルは苦笑した。


「随分と脚色されているが」


「でも、ちゃんと評価されているじゃない」


アザリアの声には嬉しさが混じっていた。


「あなたも『神の如き剣技』って歌われてるのよ」


「神の如きねえ」


メルベルは首を振った。


「まあ、悪くない」


「これで私たちも有名になったのね」


アザリアは満足そうだった。


「ニップルに着く前に、もう噂になってるなんて」


(確かに有名にはなったが…)


メルベルは心の中で呟いた。


(この調子だと、本当に俺は彼女の引き立て役として記憶されそうだ)


歌の中では確かに自分も英雄として描かれていたが、主役は明らかにアザリアだった。それが現実を反映しているのかもしれないが、複雑な気分だった。


「明日はニップルに向けて出発ね」


アザリアが楽しそうに言った。


「最後の安全な都市で、しっかりと準備をしなくちゃ」


「ああ」


メルベルは頷いたが、内心では複雑な思いを抱えていた。確かに彼女は成長した。しかし、それに伴って二人の関係も変化している。


果たしてこの先、自分はどのような存在として彼女の記憶に残るのだろうか。そんなことを考えながら、メルベルは静かに食事を続けた。

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