第二十七話「街道の世直し」
ニップルへと続く街道は、これまで歩いてきた道とは様相を異にしていた。法石採掘が盛んなこの地域では、小さな鉱山集落が点在し、それぞれが独自の問題を抱えていた。
最初に立ち寄ったのは、シッパルという小さな農村だった。麦畑に囲まれた素朴な集落だが、住民たちの表情は暗い。
「ここ一月ほど、井戸の水が濁るようになりまして」
村長の説明を聞きながら、アザリアは祠の周囲を観察した。村の中心にある小さな祠は、確かに聖火の光が弱々しい。
「アンデッドの気配はあるな」
メルベルが低い声で言った。
「ただの腐敗系じゃない。何か別の…」
その時、村の外れから悲鳴が上がった。井戸の近くで農夫が倒れ、井戸の中からどす黒い液体がゆっくりと溢れ出している。
「下がってろ」
メルベルが剣に法力を込めた。炎が刃を包み、暗闇に赤い光を投げかける。
井戸の中から這い出してきたのは、ヘドロ状の第二種アンデッドだった。アクカドで遭遇したものよりは小さいが、その悪臭と毒性は変わらない。
戦闘そのものは短時間で終わった。メルベルの炎の剣がアンデッドを切り裂き、アザリアの聖火がその残滓を浄化する。二人の連携は、すでに息の合ったものになっていた。
井戸の底にある地下水脈の浄化作業は夕方まで続いた。水脈の浄化が完了すると、井戸の水は見る見る透明になった。村人たちが歓声を上げる中、村長は深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。これでどれだけ助かることか」
その夜、村人たちは二人のためにささやかな宴を開いた。翌朝、二人は村人たちに見送られて出発した。
次の村までの街道で、事件は起こった。茂みから十数人の野盗が現れ、完全に二人を包囲した。
「おい、そこの巫女。いい値段で売れそうじゃないか」
先頭の男が下品な笑いを浮かべた。
「護衛一人じゃ心細いだろう?」
メルベルの表情が一変した。
「アザリア、下がってろ」
剣を抜くと同時に、炎の法力が刃を包んだ。
戦いは一方的な殺戮となった。野盗たちは数こそ多かったが、法力使いの前では烏合の衆に過ぎなかった。メルベルの剣が閃くたびに、男たちが倒れていく。
「や、やめろ!」
「化け物だ!」
逃げ惑う野盗たちを、メルベルは冷徹に追い詰めた。最後の一人が倒れるまで、彼の手は止まらなかった。
沈黙が街道に戻った時、そこには十数体の死体が転がっていた。アザリアは青ざめた顔で、その光景を見つめていた。
「終わったぞ」
メルベルが血を拭いながら振り返ると、アザリアの表情に気づいた。彼女の顔には明らかな動揺と、何かしらの嫌悪感が浮かんでいた。
「どうした?」
「いえ、その…」
アザリアは言葉に詰まった。アンデッドを倒すのとは違う、人間の死体を目の当たりにしたショックが大きかった。
メルベルは彼女の反応を見て、微妙な表情を浮かべた。
「巫女がもう少しいい仕事をしていれば、住める土地も増えて、マシな治安になるんだがな」
その言葉は明らかに嫌味だった。
「何よ、それ」
アザリアの顔に怒りの色が浮かんだ。
「私たちだって精一杯やってるじゃない」
「精一杯ねえ」
メルベルは剣を鞘に収めながら言った。
「なら、なぜこんな連中がのさばってる?」
「それは…」
アザリアは反論しようとしたが、言葉が出なかった。確かに、聖火のエネルギーが行き届いていれば、もっと多くの土地が安全になり、人々が安心して暮らせるはずだった。
二人の間に気まずい沈黙が流れた。




