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第二十六話「過去という名の重荷」



街道は緩やかな丘陵地帯へと続いていた。午後の日差しが二人の影を長く伸ばし、時折吹く風が麦畑を揺らしている。歩調も軽やかになった二人は、これまで避けてきた話題に自然と足を踏み入れていた。


「あんたの家は、元々どんな家だったんだ?」


メルベルが何気なく尋ねた。アザリアは少し驚いたような顔をしたが、すぐに表情を和らげた。


「貿易業をしていました。父は商才があって、ウルとニップルを結ぶ法石の流通で随分儲けていたんです」


アザリアの声には、かつての栄華への懐かしさが滲んでいた。


「それで没落したのか?」


「父が欲を出しすぎたんです。バビロン方面の聖地から直接聖火を仕入れる計画を立てて、危険地帯に商隊を送り込んだの。結果は…」


アザリアは苦い表情を浮かべた。


「全滅よ。商隊も、投資した金も、信用も、全て失った。そうなると神殿からの風当たりも強くなって」


「それで島流し、というわけか」


メルベルの言葉に、アザリアは自嘲的な笑みを浮かべた。


「聖地巡礼という名の、体のいい処分ですね。まあ、死んでくれれば家の恥も消えるし、万が一成功すれば神殿の手柄になる。神殿にとっては悪い話じゃない」


その時、メルベルは足を止めた。アザリアも振り返る。


「あんたの父親は、馬鹿だったのか?」


突然の質問に、アザリアは眉をひそめた。


「何よ、それ」


「バビロン方面に商隊を送るなんて、自殺行為だ。少し調べれば危険だとわかったはずだが」


メルベルの言葉は辛辣だったが、事実だった。アザリアは暫く黙っていたが、やがて小さくため息をついた。


「…馬鹿だったのかもしれませんね。でも、商人として一旗揚げたかったんだと思います。神殿に頼らない、独自の聖火ルートを確立したかった」


「野心は悪いことじゃない。だが無謀とは違う」


メルベルの言葉には、意外にも非難の色は薄かった。


「あなたはどうなの?闇の戦士の血統って言ってたけど」


今度はアザリアが質問する番だった。メルベルは歩きながら、遠い目をした。


「代々、この国を守ってきた一族だった。俺の祖父の時代までは、神殿からも敬意を払われていた」


「それが変わったのは?」


「法石技術の普及だ。一般人でもアンデッドと戦えるようになれば、法力使いなど不要になる。まして異教の血を引く俺たちなど」


メルベルの声には、深い諦念が込められていた。


「それで汚れ仕事に手を染めることになったと」


「ああ。野盗の始末、借金取り、時には暗殺まで。金のためなら何でもやった」


メルベルの告白は淡々としていたが、その重さは十分に伝わってきた。


「だから、時にはひどい仕事もした。先祖は俺が死んだ時には許してはくれないだろうな」


アザリアは暫く黙って歩いていたが、やがて明るい声で言った。


「その時は私がお祈りしてあげるから、少しマシなところに行けるようにしてあげる」


メルベルは予想外の返答に、思わず振り返った。


「軽く言ってくれるな」


「だって、あなたが私を守ってくれているもの。それくらいのお返しはしないと」


アザリアの表情は真剣だった。冗談めかして言ってはいるが、その気持ちは本物だった。


「まあ、その時はよろしく」


メルベルも苦笑しながら答えた。


「でもね」


アザリアは急に足を止めて、振り返った。


「いつかはみんなを見返してやりたいの。神殿の連中にも、父を馬鹿にした商人たちにも」


その目には、強い意志の光が宿っていた。


「聖地巡礼を成功させて、立派な聖女になって、そしてあの人たちに思い知らせてやる。『あの没落商人の娘』が、どこまで上り詰められるか」


メルベルは、彼女の中に燃える復讐の炎を見て取った。それは自分の中にある屈辱感と似ていた。


「あんたもそうでしょう?古い血統の誇りを取り戻したいって思ってる」


アザリアの指摘に、メルベルは暫く黙っていた。


「…まあ、そうかもしれん」


「だったら、この旅でうんと偉くなって、みんなを見返してやりましょう」


アザリアの提案に、メルベルは意外にも笑った。


「あんたと俺が、か?落ちぶれた商人の娘と、野盗まがいの法力使いが?」


「そうよ。おかしい?」


「おかしいな」


だが、メルベルの笑い声には嘲笑ではなく、何かしら温かいものが混じっていた。


「でも、悪くないかもしれん」


二人は顔を見合わせて笑った。それは、これまでの重い過去を一時的にでも忘れさせてくれる、清々しい笑いだった。


「ただし」


メルベルが真面目な顔に戻った。


「この先の聖地は、今までとは比べものにならないほど危険だ。見返すどころか、命を落とす可能性の方が高い」


「わかってます」


アザリアの表情も引き締まった。


「でも、やらずに後悔するより、やって後悔する方がいい。それに」


彼女はメルベルを見つめた。


「一人じゃないから」


その言葉に、メルベルは小さく頷いた。確かに、一人ではなかった。


「あぁ…、そうだな…」

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