第二十五話「打ち解けた道」
アザリアは神殿の中庭でメルベルを見つけると、軽やかな足取りで近づいていった。彼は石造りの柱に背を預け、腕を組んで待っていた。その表情に、いつもの険しさは影を潜めている。
「じゃあ、そろそろ行きましょう」
アザリアの声に、メルベルは静かに頷いて立ち上がった。二人は神殿の門をくぐり、アクカドの街を後にした。石畳の道から土の街道へと足を向ける頃、背後の街並みはすでに小さく見えていた。
メルベルは歩きながら、何度か口を開きかけては閉じていた。アザリアも彼の様子に気づいていたが、声をかけることはしなかった。やがて街がすっかり遠ざかった頃、メルベルがようやく口を開いた。
「この前のことだが」
アザリアは足を止めずに彼を見上げた。
「神殿戦士の前で、少し態度が悪かった。すまん」
珍しく素直な謝罪の言葉だった。アザリアは驚いて目を見開いたが、すぐに表情を和らげた。
「ああ、あのことですね」
「神殿戦士の護衛は、本当にいらないのか?」
メルベルの問いかけに、アザリアは周囲を見回した。もう街の影は見えない。神殿の厳格な雰囲気からも解放されて、彼女の表情は自然なものになっていた。
「だって、あの人たち役に立たないんですもの」
いつもの上品な口調とは違う、率直な言葉だった。大きなため息をつきながら、アザリアは肩をすくめた。
「というか、神殿戦士が使えないというよりは、あなたがちょっと変なくらいに強いってことがわかってきました」
「変なくらい、か」
メルベルは苦笑した。
「ちょっと意外でした。場末の酒場で雇った人が、本当にあんなに強いなんて」
アザリアの言葉には、最初の頃の警戒心はもうなかった。代わりに、純粋な驚きと、そして確かな信頼の色が宿っていた。
「私、最初はあなたのことを、ただの落ちぶれた戦士だと思ってました。失礼なことを言ってしまって、すみません」
メルベルは歩調を緩め、横を歩くアザリアを見た。彼女の横顔には、素直な反省の色が浮かんでいた。
「お前も、話に聞く巫女よりかは、かなり強い巫女らしいな」
メルベルの言葉に、アザリアの頬が僅かに赤らんだ。
「そ、そうでしょうか?」
「あの沼地の浄化、普通の巫女なら一月はかかる仕事だった」
「本当ですか?」
アザリアの声が弾んだ。これまで神殿で受けてきた冷遇を思えば、素直に喜べる褒め言葉だった。
「ああ。大したもんだ」
メルベルの言葉には、職業的な評価と共に、個人的な配慮も込められていた。
「あなたがいてくれて、本当によかった」
アザリアの言葉は心からのものだった。この数週間の出来事を振り返れば、メルベルがいなければ確実に命を落としていただろう。
「この先、もっと危険になる」
「ええ、わかってます」
アザリアの声に迷いはなかった。
「頼りにしていますよ」
二人の間に、これまでにない親しみやすい空気が流れていた。打ち解けた会話を交わしながら、彼らは次の目的地へと向かった。
街道の向こうに広がる平野を見つめながら、アザリアは思った。この旅が始まった頃の絶望的な気持ちは、もうどこにもない。代わりにあるのは、困難ではあるが希望の見える未来への確信だった。
メルベルもまた、歩きながら考えていた。彼女を守り抜くという責任が、いつの間にか重荷ではなく、むしろ生きる理由のように感じられている。




