第十九話「偽りの安心」
沼地への道中、アザリアは上機嫌だった。
同行している若い神殿戦士が、終始尊敬の眼差しを向けてくれるし、職員たちも口々に褒め言葉を並べ立ててくれる。
「昨日の浄化作業、本当に素晴らしかったです」
神殿戦士が熱心に語りかけてくる。
「これほどの成果を短時間で上げられるとは、流石は都からの巫女様です」
「ありがとうございます」
アザリアは得意げに微笑んだ。
沼地の周辺環境も、昨日からあからさまに改善されている。悪臭は薄れ、植物にも生気が戻り始めている。職員たちがその様子を目にして、昨日の報告が真実だったことを実感し、更にアザリアを褒めちぎった。
「本当に、これだけの変化とは」
「アザリア様のお力は、まさに奇跡です」
アザリアは単純な性格なので、すぐに調子に乗った。
(これが本来の私よ)
心の中で満足していた。やはり、自分には才能があるのだ。神殿で冷遇されていたのは、周囲が自分の価値を理解していなかっただけのこと。
「実は、私は聖地巡礼の任務を負っているのです」
アザリアは自分の状況を説明した。
「現在は少々不遇な状況にありますが」
職員は驚いた表情を見せた。
「これだけの仕事ができる方を放任させるとは、都も見る目がないですね」
そして、職員は思いがけない提案をした。
「もしよろしければ、正式なガードとして、こちらの神殿戦士を任命することも可能ですが」
若い神殿戦士も目を輝かせた。
「それは大変光栄です。ぜひお供させていただきたい」
アザリアの心が躍った。確かに、正式なガードがつくなら、メルベルを雇う意味はない。近代化された装備を身に着けた神殿戦士の方が、古風な法力使いよりもはるかに頼りになるだろう。
(これはチャンスかもしれない)
アザリアは内心で計算していた。
神殿戦士の装備は確かに立派だった。法石を動力源とした銃器、軽量で頑丈な装甲、各種の補助器具。メルベルの古びた剣と革の防具とは、雲泥の差がある。
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移動の途中で、腐敗したアンデッドと遭遇した。
「あ」
アザリアは軽く声を上げた。もう慣れてきているので、以前ほどの恐怖はない。
「お下がりください」
神殿戦士が前に出て、銃を構えた。
パン、パン、パンと数発の銃声が響く。アンデッドの体に弾丸が命中し、それは崩れ落ちた。
「さすがですね」
職員が満足そうに言った。
しかし、アザリアには奇妙な違和感があった。
(何か、手際が悪い)
戦闘の流れを見ていて、何となく歯切れの悪さを感じたのだ。確かにアンデッドは倒したが、自分も光の術で援護しなければならなかったし、弾丸も何発か無駄撃ちしていた。
アザリアが知っているアンデッドとの戦闘は、メルベルの戦いと、今回の神殿戦士の戦いだけである。
メルベルの場合、炎を纏った剣で一撃のうちにアンデッドを両断していた。自分の法力をほとばしらせ、迷いのない一太刀で決着をつける。
一方、神殿戦士は何発かの銃弾を撃ち込み、自分の援護も借りて、ようやく一体を倒した。確かに倒したが、効率は良いとは言えない。
(もしこれが数体同時に現れたら)
アザリアの脳裏に、不安な予想が浮かんだ。おそらく、この神殿戦士では対処しきれないだろう。
しかし、職員たちは満足そうにしている。町に駐在している神殿戦士の戦いぶりに、特に不満はないようだった。
「流石ですね。安心してお任せできます」
職員の言葉に、神殿戦士も誇らしげな表情を見せている。
(私の見立てが間違っているのかしら)
アザリアは首をかしげた。確かに、自分は戦闘の専門家ではない。神殿戦士の戦い方が正しいのかもしれない。
それでも、心の奥に奇妙な不安が残っていた。メルベルの戦いとの違いが、どうしても気になってしまう。
(杞憂であればいいけれど)
アザリアは小さく溜息をついた。
沼地はもうすぐそこまで来ている。今日の浄化作業が無事に終われば、この不安も消えるだろう。




