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第百二十三話「奇妙な雇い主」



薄暗い路地裏で、セラフィナはしばらくメルベルを値踏みするように眺めていた。その青白い瞳には、何か計算するような光が宿っている。


「あんた、まだ動けそうね」


彼女は唐突に言った。


「金をやるから、お使いをしてこい」


メルベルは眉を上げた。思わぬ展開である。残飯を漁っていた自分に、仕事の話が舞い込むとは。


「おや?」


運が回ってきたのか。それとも何か裏があるのか。だが、今の自分に選り好みしている余裕はない。メルベルは女の近くに一歩寄った。


「なんだ? なんでも買ってくるぞ」


前のめりになる自分が情けなかったが、空腹には勝てない。女は薄く笑った。


「薬屋に行って、これを買ってきて」


彼女は懐から羊皮紙の切れ端を取り出し、そこに薬の名前を書き付けた。文字は流麗で、教養の高さを窺わせた。


「血管拡張剤と、あとこれね。私も普通の薬屋には行けない顔だからね。あんたなら、金を払えば一応は買ってこれるでしょう」


確かに、ルカヴィの姿では薬屋も警戒するだろう。メルベルは紙片を受け取り、書かれた薬名を確認した。血管の詰まりがある患者が服用する薬と、もう一つは聞き慣れない名前だった。


「了解した」


疑問はあったが、金のためだ。メルベルは渡された銀貨を握りしめ、表通りへと向かった。


薬屋の主人は、薄汚れたメルベルの姿を見て露骨に顔をしかめた。


「......なんだ、浮浪者か。うちは施しはしないぞ」


「金はある」


メルベルは銀貨を見せ、紙片を差し出した。主人は訝しげに紙を受け取り、内容を確認すると更に怪訝な顔になった。


「血管拡張剤? お前のような者が、なぜこんな薬を」


「医者に言われた」


適当な嘘をついた。主人は疑わしそうにメルベルを見つめたが、銀貨の輝きには逆らえなかったようだ。奥から薬瓶を二つ取り出してきた。


「......まあいい。だが、怪しい使い方をするなよ」


メルベルは薬を受け取ると、足早に路地裏へと戻った。


セラフィナは同じ場所で待っていた。薬瓶を渡すと、彼女は満足そうに頷き、すぐにその場で栓を開けた。


「ちょっと待て、なんでそんなものを飲むんだ?」


メルベルの問いには答えず、セラフィナは薬を一気に飲み干した。苦い顔をして、もう一つの薬瓶も開ける。それも躊躇なく飲んでしまった。


しばらくすると、奇妙な変化が起きた。


セラフィナは自分の手をじっと眺めている。青白かった肌に、徐々に血の気が戻ってきた。死人のような蒼白さが薄れ、普通の人間に近い肌色になっていく。まだ青白さは残っているが、少なくとも一目でルカヴィとわかるような異様さは消えていた。


「なるほど......血管拡張剤で血の巡りを良くして、血の気を増したのか」


メルベルは感心した。なかなか賢い偽装方法だ。これなら、フードで顔を隠せば普通の人間として街を歩ける。


「察しがいいわね」


セラフィナは薄く笑い、約束通り追加の金を差し出した。今度は銀貨が五枚。メルベルは慌てて受け取った。これだけあれば、数日は食いつなげる。


「これからも金が欲しかったら、ついてこい」


彼女は立ち上がり、薄汚れた巫女服の裾を払った。


「お前の名前は?」


「メルベル。メルベル・ボムだ」


かつては誇りを持って名乗っていた名前も、今では虚しく響く。セラフィナは少し考えるような顔をした。


「メルベル......どこかで聞いたような」


彼女は首を振り、記憶を探るのをやめた。


「まあいいわ。私はセラフィナ。セラフィナ・エルシード」


堂々とした名乗りだった。没落したとはいえ、かつての誇りは失っていないようだ。


「で、これからどうする?」


メルベルが尋ねると、セラフィナは路地の奥を指差した。


「とりあえず、まともな格好にしないとね。あんたのその姿じゃ、使い走りにも使えないわ」


辛辣な物言いだったが、的を射ていた。確かに今の自分は、乞食同然の姿だ。


「服を買う金も出してくれるのか?」


「投資よ。使える手駒は、きちんと整えないとね」


手駒。その言葉に少し引っかかりを覚えたが、文句を言える立場ではない。メルベルは頷いた。


こうして、落ちぶれた戦士と堕ちた巫女の、奇妙な二人組の奇妙な冒険が始まった。

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