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第十二話「汚染の依頼」

翌朝、アザリアは複雑な心境で目を覚ました。


昨夜のメルベルの叱責が、まだ胸の奥でくすぶっている。確かに自分が愚かだったのは認めるが、それにしてもあれほど厳しく叱らなくてもよかったのではないか。


(私だって好きで危険な目に遭ったわけじゃないのに)


内心でそう呟きながらも、一方では彼が本当に心配してくれていたのだということも理解していた。その複雑さが、アザリアの心をしゅんとした気持ちにさせている。


(とりあえず、この街での仕事をちゃんとしなければ)


アザリアは巫女装束を整えると、メルベルに声をかけた。


「神殿に挨拶に行ってきます」


メルベルは無言で頷いた。昨夜の一件以来、彼の態度はより一層監視的になっている。


---


アクカドの神殿は、ウルクの荘厳な建物とは比べるべくもない簡素な石造りの建物だった。煤煙に汚れた外壁は黒ずみ、装飾も最低限である。しかし、中に入ると清潔に保たれており、職員たちの真摯な姿勢が感じられた。


「いらっしゃいませ」


受付の中年女性が丁寧に迎えてくれた。


「都からの巫女様でいらっしゃいますか?」


「はい。イシュタル・アザリアと申します」


アザリアが名乗ると、受付の女性の目が少し丸くなった。


「この街に正式な都からの巫女様がいらっしゃるとは、珍しいことですね」


女性の声には驚きと、微かな困惑が混じっていた。


「と申しますと?」


「いえ、失礼いたしました。見ての通りの街でございまして、あまり垢抜けているとは言い難い場所ですから、都の上級巫女様がお越しになることは滅多にないものですから」


アザリアは少し胸が痛んだ。確かに、通常なら自分のような身分の巫女がこのような地方都市に派遣されることはないだろう。


「何かお手伝いできることがあれば、お聞かせください」


アザリアは話題を変えようとした。


「それが、ちょうど困っていることがございまして」


受付の女性の表情が深刻になった。


「鉱山で発生しているアンデッドの問題と、汚染された汚泥の溜まり場のことなのですが」


「詳しく教えていただけますか?」


「この街の地下には古い鉱山がございます。長年の採掘で、多くの労働者が事故で亡くなられまして」


女性は言葉を選びながら説明した。


「死者の数が多すぎて、適切な火葬が追いつかなかった時期があります。それに加えて、鉱山からの汚染水が地下に溜まり、大変な汚泥溜まりになっております」


アザリアは眉をひそめた。


「それで、アンデッドが?」


「はい。特に夜間には、鉱山跡から這い出してくる腐敗したアンデッドが目撃されております。汚泥から発生する毒ガスの影響で、環境汚染系のアンデッドも確認されています」


アザリアの背筋が寒くなった。メルベルから聞いた三種類のアンデッドのうち、二種類がここに存在しているということだ。


「汚染がかなり根深いものですから、正式な巫女様の派遣を神殿本部に依頼していたのですが」


女性は申し訳なさそうに続けた。


「この際、もしよろしければお願いできないでしょうか?」


アザリアの心臓が高鳴った。


(これは、メルベルの前でいいところを見せるチャンスかもしれない)


昨夜の屈辱的な出来事を思い出し、悔しさが再び胸に込み上げてくる。ここで大きな功績を上げれば、彼も少しは見直してくれるかもしれない。


「承知いたします」


アザリアは即座に答えた。


「ただし」


受付の女性が心配そうな表情を見せた。


「ガードの帯同がないと、非常に危険な場所でございますが」


「ガードなら、います」


アザリアは振り返って、後ろに立っているメルベルを指差した。


「彼が私の護衛です」


受付の女性の目が、大きく見開かれた。メルベルもまた、明らかに驚いた表情を浮かべている。


「いや、それは」


メルベルが苦い顔をして口を開きかけたが、アザリアは構わず続けた。


「エンキドゥ・メルベル。法力使いの戦士です」


受付の女性は、メルベルの姿を改めて見つめた。浅黒い肌、狼のような鋭い目つき、明らかに異国の血を引いた容貌。そして何より、神殿戦士の洗練された装備とは程遠い、古風で実用的な武具。


「あの、失礼ですが」


女性は戸惑いを隠しきれずにいた。


「都から派遣される巫女様は、通常、神殿戦士の護衛を複数帯同されるものですが」


アザリアは、その言葉の含意を完全に理解していなかった。


「私は聖地巡礼の旅をしている巫女です」


アザリアは胸を張って答えた。


「特別な任務のため、通常とは異なる形での行動となっております」


受付の女性の表情が、微妙に変化した。聖地巡礼という言葉を聞いて、ある程度の事情を察したのである。


(ああ、そういうことか)


問題のある巫女が、追放処分に近い任務を受けている。そして、正式な神殿戦士の護衛も得られず、個人的に雇った異教の戦士と行動している。女性の胸に、同情に近い感情が湧いた。


「承知いたしました」


女性は丁寧に頭を下げた。


「それでは、詳細な説明をさせていただきます。ただし、街に滞在している他の戦士を追加でお雇いになることをお勧めいたしますが」


「いえ、結構です」


アザリアは即座に断った。金銭的な余裕がないこともあるが、何より今はメルベル以外の人間に頼りたくなかった。


「彼一人で十分です」


メルベルは深いため息をついた。またしても、厄介なことになりそうだった。


受付の女性は心配そうに二人を見つめていたが、やがて諦めたように資料を取り出し始めた。


「それでは、鉱山の地図と、これまでの被害状況をご説明いたします」


アザリアは真剣に説明を聞き始めた。内心では、今度こそ大きな成果を上げてやるという決意が燃えていた。

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