表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/244

第百十八話「苦すぎる救済」



城の大広間で、メルベルは膝を地面に突いていた。後退していく敵を追いかける気力も体力も、もはや残されていなかった。全身が鉛のように重く、剣を持つ手も震えている。


「またしても...」


心の奥で、苦い感情が渦巻いていた。今度は敵の大将との一騎打ちまで持っていきながら、結局のところ情けをかけられて死ななかった。彼が普段見ている予知夢からすれば、自分は死ぬべき運命だったはずなのに。


「なぜだ...なぜ敵の首領に憐憫をかけられなければならない」


メルベルの脳裏に、苦すぎる苦痛が巡っていた。戦士としての誇り、予知夢への困惑、そして何より、自分の無力さへの絶望。全てが混じり合って、彼の心を深く蝕んでいく。


石の床に血が滴り落ちる音だけが、静寂を破っていた。周囲では神殿戦士たちが勝鬨を上げ、ルカヴィの残党を掃討している。その喧騒が、メルベルの耳には遠く聞こえていた。


「俺は...何のために戦っていたんだ」


混乱に乗じて、メルベルはその場を離れた。足を引きずりながら、誰にも気づかれないよう廊下の影に消えていく。自分がお尋ね者だということを思い出し、このまま神殿戦士たちに見つかれば厄介なことになる。


---


一方、城の占拠に成功した神殿戦士たちは、勝利の興奮に包まれていた。


「やったぞ!ついに城を奪還した!」


「ルカヴィどもを蹴散らしたぞ!」


「これで聖地エリドゥへの道筋が開ける!」


だが、アジョラの心は勝利の喜びに浸ることができなかった。彼女は勝利に沸く神殿戦士たちを押し退けながら、必死にメルベルを探していた。


「メルベルはどこに!あの剣士はどこにいる!」


「剣士?どなたのことでしょうか?」


「異教の炎の剣士だ!王と戦っていた男は!」


だが、誰もメルベルの行方を知らなかった。戦闘の混乱の中で、彼の姿を見失ってしまったのだ。


「聖女様、もしかしてあの謎の剣士のことですか?確かに城内で大暴れしていましたが...」


「戦いが終わったらいつの間にか姿を消していました」


アジョラの胸に、嫌な予感が広がった。メルベルが自分をお尋ね者だと思い込んで逃走したのではないか。野営地での事件の真相を知らないまま、彼は自分が犯罪者だと信じ込んでいるかもしれない。


「くそっ...なぜこんなことに」


夜の闇に紛れて、メルベルはなんとか神殿戦士たちの目を掻い潜っていた。城の外に出ると、そのまま戦場から姿を消してしまった。


---


その頃、アザリアは神殿戦士の保護下に入り、本陣のテントで戦いの結果を聞いていた。


「城の占拠に成功いたしました!敵は完全に撤退し、我らの勝利です!」


報告を聞いたアザリアは、安堵の表情を浮かべた。


「やった...メルベルが頑張ってくれたのね」


心の奥で、深い喜びが湧き上がっていた。きっとメルベルが大活躍したに違いない。彼の強さを知っているアザリアにとって、この勝利は当然の結果のように思えた。


だが、その喜びは長くは続かなかった。本陣の神殿戦士たちの噂話が、彼女の耳に入ってきたのだ。


「ところで、例の異教徒の件はどうなったんだ?」


「ああ、あの夢遊病者の話か」


「神殿戦士を襲って逃走した男だろう?まだ捕まっていないらしいな」


アザリアの血の気が引いた。


「ちょっと待って」彼女は慌てて兵士に声をかけた。「今の話、詳しく聞かせて」


「はい、野営地で神殿戦士二人を殴り倒して逃走した異教徒がいるのです。聖女アジョラ様が追跡を命じられましたが...」


「その男の名前は?」


「確か...メルベルとかいう名前だったかと」


アザリアの世界が、一瞬にして暗転した。


「そんな...メルベルがそんなことをするはずがない」


だが、状況証拠は揃っている。神殿戦士たちの証言、逃走の事実、そして現在も行方不明であること。


「一体何があったの...」


アザリアの頭に、エンリルの顔が浮かんだ。自分を騙して敵の本拠地に連れ去った、あの裏切り者の神官。もしかすると、メルベルも同じように嵌められたのではないか。


「きっと...きっと誰かに嵌められたのよ」


アザリアは拳を握りしめた。エンリルのような裏切り者は、まだ神殿内に潜んでいるかもしれない。そして彼らが、メルベルを陥れたのだ。


「メルベル...どこにいるの」


夜風がテントの布を揺らし、アザリアの不安を煽っていた。勝利の喜びは完全に消え去り、愛する人への心配だけが彼女の心を支配していた。


遠くでは松明の火が揺れ、神殿戦士たちの祝勝の声が響いている。だが、アザリアにとって、この勝利は何の意味も持たなかった。メルベルがいない勝利など、勝利ではない。


そして何より、神殿という組織への激しい不信感が、彼女の心に渦巻いていた。


エンリルのような裏切り者が高位にいて、自分を騙して敵に売り渡した。そして今度は、メルベルが何らかの陰謀に巻き込まれて逃亡者にされている。


「神殿は...一体どうなっているの」


アザリアの胸に、深い疑念が根を張り始めていた。自分たちが信じてきた組織は、本当に正義なのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ