表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
117/244

第百十七話「騎士道の苦悩」



アジョラが錫杖を振り回してルカヴィたちを蹴散らしながら城の大広間に突入した時、目の前に広がった光景に息を呑んだ。


そこは、もはや現実とは思えない幻想的な戦場だった。メルベルと巨大な戦士が、炎の法力に包まれて舞い踊るように戦っている。二人の剣と体は炎のオーラに包まれ、まるで燃えているかのように美しい弧を描いている。刃がぶつかり合うたび、火花が宙に舞い散り、まばゆい光の軌跡を残していく。石の床は焦げ、天井には煤が付着し、大理石の柱には無数の刀傷が刻まれている。


「なんたる壮麗さ!まるで神話の一場面ではないか」


アジョラは思わず感嘆の声を漏らした。まるで古い御伽話の中の英雄譚を目の当たりにしているかのような錯覚を覚える。神々の戦いとでも形容すべき、超常的で美しい光景だった。炎の剣技が描く軌跡は、まさに天上の舞踏のようで、観る者の魂を震わせる。


だが、その美しさの中に、アジョラは心を深く痛める現実を見出した。メルベルはあまりにも傷ついていた。全身に無数の傷を負い、血にまみれながらも戦い続けている。そして何より、その技の壮麗さや力強さとは裏腹に、彼の装備があまりにも見窄らしいことに愕然とした。


粗末な革の胸当て、継ぎ接ぎだらけの腕当て、そして平凡な短刀一本。まるで場末の用心棒が身につけるような代物だった。対する巨大な戦士は、法石をふんだんに使った豪華絢爛な甲冑に身を包み、人の身長ほどもある巨大な剣を振るっている。その剣は古代の技術を結集した逸品で、一振りするたび空間すら歪ませるほどの力を秘めていた。


「これは...あまりにも不公平だ」


アジョラの胸に、深い後悔と自責の念が広がった。野営地での冤罪事件により、メルベルは普段以上に準備不足の状態で戦場に来てしまった。本来なら、彼にはもっと相応しい装備があったはずだ。自分たちがメルベルに対してしてきた冷遇を、この御伽話のような英雄的な戦いを前にして思い出し、アジョラは自分の無力さが恥ずかしくなった。


異教徒として扱い、疑いの目で見続けてきた。まともな装備も与えず、部下もつけずに一人で戦わせてきた。そして今、こうして神話の戦士のような戦いを見せているというのに、自分たちは彼に何も報いることができていない。


「せめて普段通りの装備か、神殿戦士の剣でも持たせて送り出していれば...決着はついていたかもしれない」


---


一方、ギシュガルは自分の体から噴き出す体液と血に酔いしれていた。甲冑の隙間から流れ出る赤い血、額に浮かぶ汗、そして何より、久しぶりに感じる生命の痛み。これは何百年も味わうことのなかった、生きている証だった。


「死ねる...このまま戦いの中で、同胞の炎の剣で死ねるぞ」


心の奥底で、狂おしいほどの歓喜が湧き上がっていた。何百年も求め続けてきた真の死が、ついに手の届くところにある。この若い戦士の剣によって、永遠の苦痛から解放される時が来たのだ。聖火のエネルギーが自分の不死の呪いを少しずつ削っていくのを感じながら、ギシュガルは恍惚とした表情を浮かべていた。


だが、戦いが進むにつれて、ギシュガルは気づき始めていた。メルベルが次第に弱っているのを。


確かに聖火の力を得た彼の攻撃は強力だが、連戦続きの疲労が明らかに蓄積している。息は荒く、剣を握る手に微かな震えが見える。足の運びも重くなり、回避動作に以前のような俊敏さがない。そして何より...


「あの装備は...なんということだ」


ギシュガルの視線が、メルベルの貧弱な装備に向けられた。戦場には似つかわしくない軽装で、持っている剣も平凡な短刀に過ぎない。刃こぼれも見え、柄の革も摩耗している。対する自分の剣は、古代の技術を結集した法石製の最高の一品。防具も、並の神殿戦士なら傷一つつけられないだろう代物だ。


「これでは...俺の望んだ一騎打ちじゃない」


この事実に気づいた瞬間、ギシュガルの胸に複雑な感情が渦巻いた。これだけ装備に差があって互角の戦いをしているということは、同等の条件、いや、相手がもう少しまともな状態であれば、自分はもう名誉の戦死を遂げているはずなのだ。


「なぜだ...なぜこのような状態で来た」


敵ながら、メルベルのことが恨めしくなった。今まで散々、神殿に対して様々な妨害工作を仕掛けてきたことなど忘れて、ギシュガルは興醒めした気持ちと神殿への憎しみを感じていた。せっかくの機会を台無しにされたような、白けた感情が心を支配する。


「このような形で勝ったら...」


勝つにせよ、こんな不公平な条件で勝利を得たら、また後の何百年、今まで以上に後悔と卑怯者としての自己嫌悪に悩まされるだろう。騎士道に反する勝利など、彼にとって死以上の屈辱だった。それは長い不死の体に膿んでいた彼にとって、想像するだけで身の毛もよだつ恐怖だった。


戦いの拍子に、ギシュガルは少し後退して攻撃の手を止めた。大剣を地面に突き立て、深い溜息をつく。その表情には、明らかな躊躇と葛藤が浮かんでいた。


「このまま続けていいのか...?」


メルベルは攻撃の手が突然止まったことに困惑した。全身が疲労で今にも地面に崩れ落ちそうだったが、一瞬でも気を抜けば命に関わる。一度も失敗が許されない緊張の連続で、激しい呼吸が止まらない。汗が目に滲み、傷口から流れる血が足元に小さな水溜りを作っていた。


「どうした...来い!まだ戦いは終わっていない!」


メルベルが挑発するように叫んだが、ギシュガルは複雑な表情で首を振った。


「どうも邪魔が入りそうだな」


確かに、城の外から神殿戦士たちの足音と武器の音が近づいてきている。松明の光が廊下の向こうに見え隠れし、複数の部隊が城内に突入してきているのは明らかだった。


「そんなナマクラ剣で殺されてはかなわん。次はまともな剣を持って来い。お前のような戦士には、それに相応しい武器が必要だ」


ギシュガルは皮肉めいた口調で言うと、身を翻して宙に飛び上がった。その巨体が軽々と天井近くまで舞い上がる様は、まるで重力を無視しているかのようだった。


「全軍、撤退だ!」


ギシュガルがルカヴィたちに指示を出すと、彼らは困惑の声を上げた。


「王よ、まだやれます!神殿戦士どもなど恐るるに足りません!」


「この程度の数で我らが負けるとお思いですか!」


「潮時だ」


ギシュガルは有無を言わせぬ口調で言い切った。


「この戦いには、もっと相応しい舞台が必要だ。今日のところは引こう」


そして、メルベルに向かって最後の言葉を投げかけた。


「ガレスの息子よ、今度会う時は、お前に相応しい装備で来るがいい。その時こそ、真の決着をつけよう。お前のような戦士と戦えることを、俺は心から楽しみにしている」


ギシュガルの姿が闇に消えていく。ルカヴィたちも渋々ながら王の命令に従い、戦略的撤退を開始したが、まだ城内には多数の敵が残っていた。城の各所で激しい戦闘が続いており、大広間にも数体のルカヴィが残って抵抗を続けている。


メルベルは剣を構え直したが、全身の疲労は隠しようがなかった。そして何より、脳裏に苦い感情が浮かんでいた。


「情けをかけられた...」


その事実が、戦士としての誇りを深く傷つけていた。続けていれば負けていた可能性が高い。相手にはまだ余裕があったのだ。ギシュガルの撤退は、単なる戦術的判断ではなく、格下の相手への憐憫だったのかもしれない。


「くそっ...!」


メルベルは歯を食いしばりながら、迫りくるルカヴィたちに向かって剣を振るった。王は去ったが、戦いはまだ終わっていない。疲労困憊の体に鞭打って、彼は戦い続けなければならなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ