第百十六話「生命の炎」
決闘の礼を終えると、メルベルは短刀を構え直して鋭い眼光をギシュガルに向けた。月光が刃を照らし、炎のような法力が既にその表面に踊り始めている。
「父の仇、そして一族の名誉のために...お前を倒して見せよう」
その言葉には、血族としての誇りと怒りが深く込められていた。ガレスがこの化け物と戦って命を落としたのだとすれば、息子として決着をつけねばならない。闇の戦士一族の血が、復讐への渇望となってメルベルの全身を駆け巡っている。
「来い、ガレスの息子よ。お前の力、その血の真価を見せてもらおう」
ギシュガルが大剣を構えた瞬間、戦いの火蓋が切って落とされた。
最初の一撃で、ギシュガルは目を見開いた。メルベルの力は予想をはるかに超えていたのだ。古式契約によって増幅された法力、そして六つの聖火のエネルギーが合わさって、もはや人間の域を完全に超越していた。
短刀が描く炎の軌跡が、ギシュガルの漆黒の甲冑を焼き焦がしていく。金属が赤熱し、火花が飛び散る。普通の攻撃ならば瞬時に再生してしまう不死の肉体が、メルベルの炎によって鮮烈な痛みを感じていた。
「これは...これは何だ!」
ギシュガルは驚愕と歓喜の入り混じった声を上げた。何百年も感じることのなかった、生身の肉体が持つ本当の痛み。生命エネルギーに満ちた炎が、自分の不死の呪いに蝕まれた体に、忘れかけていた生命の痛みを鮮烈に思い出させている。
甲冑の隙間から流れる血は、普段ならば瞬時に止まるはずなのに、今は生々しく滴り続けている。不死の呪いが解けつつあるのだ。
「素晴らしい...!これだ、これこそが俺の何百年も求めていたものだ!」
ギシュガルは恍惚の表情を浮かべながら咆哮した。自分の命を断ち切ろうとするメルベルの攻撃に、激しい喜びを覚えている。
「もっとだ!もっと俺を痛めつけろ!俺に永遠の死と刹那の快楽をくれ!」
ギシュガルも同系統の炎の法力を解き放った。だが、彼の炎は深い紫色に染まり、死の匂いと絶望の気配を漂わせている。生命の炎と死の炎が激しくぶつかり合い、大広間全体を炎の渦が包み込んだ。
石の床が割れ、天井から破片が雨のように降り注ぐ。巨大な石柱が根元から砕け、轟音と共に倒れ伏した。メルベルは咄嗟に飛び退いたが、ギシュガルの巨大すぎる体格から繰り出される剣技は、これまで経験したことのない規模と威力を持っていた。
「うおおおお!」
ギシュガルの大剣が床を叩き割ると、石の破片が散弾のように飛び散る。周囲で見守っていたルカヴィたちも巻き込まれ、悲鳴を上げて逃げ惑い始めた。
「王よ、危険です!」
「下がってください!」
だが、ギシュガルは聞く耳を持たない。数百年ぶりに感じる生命の痛みと、死への希望に完全に陶酔していた。
メルベルも苦戦を強いられていた。相手の不死の肉体は、致命傷を与えても瞬時に再生する。そして何より、三メートルを超える巨体から繰り出される攻撃は、リーチでも威力でも圧倒的すぎた。
「くそっ...!」
大剣の一撃をかわした時、その風圧だけでメルベルの体が吹き飛ばされそうになる。壁に叩きつけられ、口から血が溢れた。
人ならざる者たちの戦いに、周囲のルカヴィたちは完全に混乱状態に陥っていた。足を踏み鳴らし、野獣のような雄叫びを上げながら、この超常的な決闘を恐怖と興奮の入り混じった気持ちで見守っている。炎の剣技が繰り出されるたび、激しい叫び声と足踏みの轟音が城中に響き渡り、まるで地獄の宴のような光景となっていた。
戦いの余波で負傷したルカヴィたちが、血を流しながら後退していく。もはや戦場ではなく、天災の現場と化していた。
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城の外では、ようやくアジョラ率いる救援部隊が戦場に到着していた。既に神殿戦士たちが城の内部に押し込んでいるのを認めると、アジョラは血相を変えて現地の指揮官に駆け寄った。
「メルベルはどこに行った!あの異教の剣士はどこだ!」
「メルベル?どなたのことでしょうか?」
指揮官は困惑した表情を浮かべた。当然ながら、彼はメルベルという名前を知らない。
「異教の炎の剣士だ!闇の戦士血筋の男だ!私が探している戦士は!」
アジョラの必死の説明に、指揮官の顔が明るくなった。
「ああ、あの謎の剣士のことですね!見事にヴェクターを討ち取られた英雄です!その後、あちらの城の中に単身で踏み込んで行かれました」
指揮官が指差した方向を見ると、城の内部から炎に似たオーラのゆらめきと、巨大な円弧が描かれているのが見えた。建物全体が微かに震動し、時折轟音が響いてくる。尋常ではない戦闘が行われているのは明らかだった。
「このままでは...」
アジョラの胸に、深い不安が広がった。メルベルの死を予感し、最悪の結末への恐怖が彼女を襲う。メルベルが死ねば、アザリアが絶望し、微睡の魔王が復活してしまう。
「このまま死なせたら最悪の結末になる!」
アジョラは錫杖を振り上げ、戦士として決然と立ち上がった。聖女としての威厳を脱ぎ捨て、一人の戦士として立つ時が来たのだ。
「私に続け!全軍、城内突入だ!」
「聖女様、あまりに危険です!ここは我々に...」
「黙りなさい!」
神殿戦士たちが制止しようとしたが、アジョラは聞く耳を持たなかった。錫杖を振り回してルカヴィたちを次々と薙ぎ倒しながら、城の内部へと突進していく。その姿は、若い頃に夫と共に冒険していた時の戦士そのものだった。
「急げ!間に合わなくなる!メルベルを死なせるわけにはいかない!」
部下たちも慌ててアジョラの後に続いた。聖女自らが最前線に立つという前代未聞の光景に、現地の神殿戦士たちも驚愕しながら合流していく。
城の内部では、運命を決する戦いが続いていた。生命の炎と死の炎が激しくぶつかり合い、石壁を焦がし、天井を焼き尽くそうとしている。建物全体が崩壊の危機に瀕していた。




