第百十四話「別れと期待」
城の内部では、戦闘の轟音が次第に激しさを増していた。石壁を伝って響く鋼鉄のぶつかり合う音、怒号、そして時折聞こえる崩れ落ちる瓦礫の音。セラフィナとアザリアは隠れ場所で息を潜めながら、脱出の機会を窺っていた。
「今です」
セラフィナが小声で呟いた。城の守備兵たちは全員が外部の戦闘に駆り出され、内部は驚くほど静まり返っている。これ以上ない好機だった。
二人は慎重に廊下を進んだ。セラフィナは長年この城で過ごした経験を活かし、人目につかない抜け道や隠し通路を選んで移動していく。足音を殺し、影から影へと移りながら、ゆっくりと外へ向かった。
石造りの回廊を抜け、使用人用の裏階段を下り、厨房の脇を通って裏門へ。月明かりに照らされた中庭では、誰の姿も見えない。風が吹き抜けるだけの、静寂に包まれた空間だった。
城から相当な距離を置いた丘の上で、二人は振り返って炎に包まれた城を見つめた。あちこちで火の手が上がり、戦いの激しさを物語っている。
「遠くに神殿戦士の部隊が見える」
セラフィナが指差した方向に、松明の光が規則正しく並んでいるのが見えた。救援部隊だろう。アザリアの表情に安堵の色が浮かんだ。
「ここでお別れね」
セラフィナが振り返って言った。月光が彼女の蒼白い顔を照らし出している。その表情には、深い諦めと同時に、微かな平安が宿っていた。
「あなたの話を聞いて、少し昔のことを思い出したわ」
セラフィナはアザリアの肩に手を置いた。その手は冷たかったが、温かい気持ちが込められている。
「本当の愛というものがどういうものか...忘れていたけれど、思い出させてもらった」
「セラフィナ、待って」
アザリアが引き止めようとしたが、セラフィナは既に踵を返していた。
「さようなら。幸せになって」
その言葉を最後に、セラフィナは夜の闇に消えていった。アザリアは手を伸ばしたが、もう彼女の姿は見えなくなっていた。
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一方、城の内部では、メルベルが文字通りの大暴れを繰り広げていた。廊下という廊下で残存のルカヴィや下級アンデッドと交戦し、その度に炎の剣技で敵を薙ぎ倒していく。
石の柱が剣圧で砕け、壁に深い亀裂が走る。メルベルの戦闘力は、古式契約の力で増幅され、もはや人間の域を超えていた。
その様子を、玉座の間でギシュガルが見つめていた。赤い眼光が興味深げに光っている。
「ヴェクターがあっさりとやられるとは...」
巨大な体躯を玉座から立ち上がらせながら、ギシュガルは低い声で呟いた。その声には、驚きよりも期待の方が多く込められている。
「自分に匹敵する戦士が、ついに現れたか」
ギシュガルの胸に、久しぶりに希望という感情が芽生えていた。数百年間求め続けてきたもの。自分を真の死に導いてくれる、強大な戦士。
「今度こそ...今度こそ、この苦痛から解放してくれる者であってほしい」
重い足音を響かせながら、ギシュガルは玉座の間から立ち上がった。




