第十一話「愚行の代償」
「目立つ女を見なかったか?金髪で、巫女の格好をした」
メルベルは街角で出会った商人に尋ねた。
「ああ、見たよ。あんな美人、この街じゃ珍しいからな」
商人は親切に答えてくれた。
「女衒屋の方に向かって行ったが、大丈夫か?あそこはちょっと」
メルベルの表情が険しくなった。
(あいつ、バカなのか?)
深いため息をついて、メルベルは走り始めた。金髪に青い瞳、雪のように白い肌。どう見ても上流階級の血筋である上に、巫女装束という格好。この労働者の街では、これほど悪目立ちする容姿もないだろう。
しかも、世間知らずも甚だしい。そんな女が一人で色町をうろつけば、どんな目に遭うか火を見るより明らかだ。
街の奥へ向かうにつれて、喧騒の質が変わってくる。労働者たちの健全な騒ぎから、もっと薄暗い、危険な匂いのする騒めきへ。
---
その頃、アザリアは完全にパニック状態に陥っていた。
「お嬢ちゃん、そんなに急がなくても」
「ちょっと話を聞かせてよ」
「巫女様がこんなところにいるなんて、面白いじゃないか」
男たちが次々と声をかけてくる。最初は距離を保っていたが、段々と大胆になってきている。
「やめて、触らないで」
アザリアは必死に手を振り払ったが、男の一人が彼女の腕を掴んだ。
「そんなに嫌がるなよ。ちょっと遊ぼうってだけじゃないか」
「離して」
アザリアの声は涙声になっていた。神殿では、こんな状況を想定した教育など受けていない。
(こんなこと、あってはいけない)
生まれてから今まで、男性に体を触れられるなど考えたこともなかった。父の屋敷にいた頃も、神殿にいた時も、常に格式と敬意に守られていた世界だった。
「綺麗な髪だな。本物の金髪か?」
男の一人が彼女の髪に手を伸ばす。
「やめて」
アザリアは身を捩ったが、逃げ場がない。
「おい、この子を連れて行こう」
「そうだな。いい値がつきそうだ」
男たちの会話が、より直接的になってきた。アザリアは恐怖で体が震えていた。
(お父様、助けて)
心の中で亡き父の名を呼んだその時、突然声が響いた。
「その世間知らずは俺の雇い主だ。こっちによこせ」
振り返ると、メルベルが立っていた。その表情は、これまで見たことがないほど険しい。
「何だお前は?邪魔するんじゃない」
男の一人がメルベルに向かって言った。
「邪魔?」
メルベルの声が低くなった。
「俺の仕事の邪魔をしているのはお前らの方だ」
「知らねえな。この女は俺たちが先に見つけた」
「そうか」
メルベルは剣の柄に手をかけた。
「なら、力ずくで取り返すまでだ」
乱闘は一瞬で終わった。
五、六人の男たちが一斉にメルベルに襲いかかったが、彼にとっては取るに足らない相手だった。素手での格闘でも、鍛え抜かれた法力使いの技量は圧倒的である。
最初の男は顎を殴られて意識を失い、二番目は腹を蹴られて地面に蹲った。三番目、四番目と、次々に男たちが倒れていく。
「化け物か、こいつ」
最後の一人が恐怖に震え声で呟いたが、すぐにメルベルの拳が彼の鳩尾を捉えた。
「アザリア」
メルベルが振り返ると、彼女は地面に座り込んで震えていた。顔は青白く、目には涙が浮かんでいる。
「立てるか?」
「は、はい」
アザリアはふらつきながら立ち上がった。メルベルは彼女の腕を取り、急ぎ足で現場を離れた。
---
宿に戻ると、メルベルは珍しく感情を露わにした。
「座れ」
彼の声には、明らかな怒りが込められていた。
アザリアは恐る恐る椅子に座った。
「お前は本当に馬鹿なのか?」
メルベルの言葉は容赦がない。
「俺の忠告を聞かずに街をうろつき、挙句に色町で男どもに絡まれる。世間知らずにも程がある」
「で、でも私は」
「黙れ」
メルベルの一喝でアザリアは口を閉じた。
「お前がどれほど危険な目に遭いかけたか、分かっているのか?あのまま連れて行かれていたら、二度と帰ってこれなかったかもしれないんだぞ」
アザリアの顔がますます青くなった。
「お前の身分も立場も、あそこでは何の意味もない。巫女だろうが貴族の娘だろうが、攫われてしまえば終わりだ」
メルベルは立ち上がり、部屋を歩き回った。
「二度と俺にこんな馬鹿なことをさせるな。次はないと思え」
「ご、ごめんなさい」
アザリアの声は小さく震えていた。
「お前の謝罪など聞きたくない。俺が聞きたいのは、二度とこんな愚行をしないという約束だ」
「約束します」
「本当か?」
「本当です」
アザリアは涙ぐみながら頷いた。
メルベルは深いため息をついた。
「明日からは俺と一緒に行動しろ。一人でどこかに行くなど論外だ」
「はい」
その夜、アザリアは自分の部屋で一人、今日の出来事を振り返っていた。
(私は本当に馬鹿だった)
メルベルの忠告を無視し、世間を甘く見ていた自分。もし彼が来なかったら、本当にどうなっていたか分からない。
(彼に助けてもらった)
素っ気ない態度の奥に、確かな責任感があることを知った。今日の怒りも、単なる苛立ちではなく、本当に心配してくれていたからなのだろう。




