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第百八話「共有される力」



アザリアは部屋を出る際にこっそりと拝借してきた剣を抜き放った。部屋の隅に無造作に立てかけられていた、装飾こそ美しいが実用性重視の直剣だった。しかし、その構え方は見るも無惨なものだった。


剣を両手で握りしめ、まるで薪割りでもするかのように頭上高く振り上げている。足の幅は不安定で、体重のかけ方も滅茶苦茶だった。刃の向きすら定まっておらず、今にも自分の手を切りそうな有様である。


エクリスはその光景を見て、心底呆れたような表情を浮かべた。


「これは...これは一体何のつもりだい?」


美しい顔に困惑と軽蔑が混じり合う。


「顔は確かに美しいが、その構えは全くダメだ。素人丸出し、いや、素人以下と言った方が適切かもしれない。粗野そのもの、野蛮の極みだ」


エクリスは深々とため息をついた。まるで芸術作品を台無しにされたかのような悲しみが、その表情に浮かんでいる。


「せめて剣の持ち方くらいは学んでから来て欲しかったよ。これでは美しい決闘どころか、一方的な虐殺になってしまう」


そう言いながらも、エクリスは細剣を軽やかに構えた。慈悲深い処刑人とでも言うべき、優雅で致命的な動きだった。


「では、せめて苦痛を最小限に抑えて差し上げよう」


細剣の切っ先がアザリアの心臓を狙って突き出される。美しい弧を描きながら、確実に急所を貫こうとしていた。


その瞬間、アザリアの体が無意識に反応した。剣を振り下ろしながら体を大きく捻り、エクリスの刺突を横薙ぎに受け止める。金属と金属がぶつかり合う甲高い音が部屋に響いた。


「なっ...!」


エクリスの目が見開かれた。あの無様な構えからは想像もできない、洗練された動きだった。


「あれあれ?これは一体どういうことだい?」


エクリスはすかさず連続攻撃を繰り出した。上段から、下段から、左右から、細剣が蛇のように襲いかかる。だが、アザリアはそれらを器用に避けながら、時折鋭い反撃を繰り出してくる。


「私が...私が一番びっくりしてるわよ!」


アザリアは自分の動きに驚愕していた。体が勝手に動いている。まるで誰か別の人間が自分の体を操っているかのような感覚だった。


血まみれになりながらも、セラフィナが叫んだ。


「古式の契約よ!相方と能力を共有していると言ったでしょう!」


「なるほど、そういうことか...」


アザリアは合点がいった。メルベルがよくやっていたことを思い出す。剣を握る手に意識を集中させ、力を込める。すると、見慣れた炎のような法力が刀身に燃え上がった。金色と紅の炎が美しく踊り、剣全体を包み込んでいく。


「ほう...」エクリスの表情が一変した。「なるほど、素人ではないというわけか。これは興味深い」


エクリスは本気の構えを取り直した。先ほどまでの余裕は消え、芸術家らしい集中力が瞳に宿っている。


「では、改めて始めようか」


今度の攻撃は別次元だった。細剣が光の筋となって襲いかかり、アザリアの防御を容赦なく崩していく。共有されたメルベルの技術があっても、エクリスの本気には流石に対抗しきれない。


「くっ...!」


剣で攻撃を受け流しながらも、袖が裂け、頬が切れ、アザリアも徐々に傷を負い始めた。


その時、セラフィナが立ち上がった。


「私も...加勢します」


血まみれの体で錫杖を構え直し、エクリスの背後に回り込む。二人からの同時攻撃に、さすがのエクリスも対応しきれなくなってきた。


「なるほど、数的不利か...」


エクリスが大きく姿勢を崩した瞬間、アザリアは好機を逃さなかった。手のひらに聖火の力を集中させ、眩い光の奔流を解き放つ。


「うっ...!」


エクリスとセラフィナが同時に目を押さえた。聖火の純粋な光は、アンデッドにとって耐え難い苦痛をもたらす。


「今よ!」


アザリアは剣を大きく振りかぶり、無防備になったエクリスに向かって渾身の一撃を叩きつけた。剣は彼の肩から胸にかけて深い傷を刻み、鮮血が石床に飛び散る。


「がはっ...!」


エクリスは後方によろめきながら下がった。美しい衣装が血に染まり、その顔には苦痛の表情が浮かんでいる。


「これは...予想外だった」


エクリスは自分の傷を見つめ、不満そうに呟いた。


「せっかく美しい最期を飾れると思ったのに...まさか傷物にされるとは」


彼は血を拭いながら、セラフィナに向かって言った。


「セラフィナ、次やる時はもう少し練習してきてくれたまえ。君の技術では、美しい決闘にならない」


そして、優雅に一礼すると続けた。


「僕が言ったことをよく覚えておいて。君がその気になったら、いつでも歓迎しているよ。今度はもっと...芸術的な時間を過ごそうじゃないか」


エクリスは傷を押さえながら、まるで舞台から退場する役者のように優雅に去っていった。その後ろ姿には、負けた悔しさよりも、予想外の展開への知的好奇心が滲んでいた。


聖火の間に再び静寂が戻り、アザリアとセラフィナは互いの無事を確認し合った。

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