第百七話「才能の残酷」
戦いが始まった途端、エクリスの実力の恐ろしさが露わになった。細身の体躯に似合わぬ、流水のような滑らかで致命的な剣技が炸裂する。刺突剣の切っ先が蛇のようにしなり、セラフィナの防御の隙間を縫って次々と浅い傷を刻んでいく。
「くっ...!」
セラフィナは錫杖で必死に防御を試みるが、エクリスの動きは予測不可能だった。右から来ると思えば左に回り込み、上段の構えから一瞬で下段に移る。まるで舞踊を踊るかのような優雅さで、彼女を翻弄していく。
元巫女とはいえ、セラフィナが持っていた聖火は三つに過ぎない。平凡な才能しか持たなかった彼女にとって、この差は致命的だった。錫杖を振るう手が次第に重くなり、息も荒くなってくる。
「はっ!」
エクリスの剣が袖を裂き、腕に一筋の血が走った。続いて頬を、肩を、脇腹を軽やかに切り裂いていく。致命傷は与えず、ただひたすら苦痛を与え続ける残酷な剣技だった。
「ああ、美しい...」エクリスが陶酔したような声を上げた。「血まみれになりながらも戦い続ける、その自己犠牲の精神。正義の心。そして、現実を受け入れられない自己欺瞞の精神。全てが君という女性の美しさを際立たせている」
セラフィナの白い肌が赤く染まり、美しい顔に苦痛の表情が浮かんでいる。だが、その目つきに屈服の色はなかった。
「これが才能というものだよ、セラフィナ」エクリスは余裕綽々として続けた。「才能ある者は何をしても他者の上を行く。僕は昔から何をしても一番だった。絵画、音楽、詩作、剣術...そして女性関係も。金持ちで、ハイセンスで、強くて、身綺麗で、ハンサム。神々は僕に全てを与えてくださった」
血まみれになりながらも、セラフィナは皮肉な笑みを浮かべた。
「思い上がりの傲慢さも一番ね」
「ほう、まだ口答えする余裕があるのかい?」エクリスは感心したように言った。「君のような可哀想な女性を見ていると、慰めたくなってくる。あの連中の中で、まともな感性を持っているのは君だけだった」
剣の切っ先がセラフィナの喉元に向けられる。
「その巫女を渡せば、これ以上はやめておこう。どのみち君には何もできやしないのだから、僕という男の腕の中で、過去の後悔から解放されてみないか?君の傷ついた心を、僕が癒してあげよう」
その瞬間、セラフィナは血の混じった唾をエクリスの顔に向けて勢いよく吐きつけた。
「ぺっ!気色悪い」
「...なるほど、そういうことか」
エクリスの表情が一変した。優雅な微笑みが消え、冷たい怒りが瞳に宿る。
「では、遠慮なく」
エクリスの手が素早く動き、セラフィナの胸元を乱暴に突き飛ばした。彼女の体は石壁に叩きつけられ、鈍い音を立てて床に崩れ落ちる。
「がはっ...」
口から血が溢れ、全身に激痛が走った。もう立ち上がることすら困難な状態だった。
その時、アザリアが立ち上がった。六つ目の聖火の取り込みが完了し、今までにない力の増幅を全身で感じている。血管を流れる血液そのものが光っているような、そんな生命力の充実があった。
「とても敵わない...」
アザリアはエクリスの実力を冷静に分析していた。正面から戦えば、セラフィナと同じ運命を辿るだろう。だが、今の自分なら別の方法がある。
「でも、油断を誘って...セラフィナと協力すれば」
アザリアは慎重に歩み寄りながら、計画を練っていた。エクリスは芸術家気質で、美しいものを愛する性格だ。ならば、その性格を利用できるはずだった。
「待って」
アザリアの声が、戦場と化した聖火の間に響いた。エクリスが振り返る。その瞬間、聖火の光がアザリアの髪を金色に輝かせ、まるで女神のような神々しさを醸し出していた。
「君は...」エクリスの目が一瞬見開かれた。「実に美しい...」




