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第百五話「王の哀愁」



石造りの回廊を静かに進んでいた二人の足音が、突然響き渡る重い足音によってかき消された。廊下の向こうから現れたのは、人間の理を完全に超越した巨大な影だった。


漆黒の甲冑に身を包んだ三メートルを超える巨体。兜の奥で赤く燃える眼光。まさに死そのものが具現化したかのような存在—アンデッド王ギシュガルその人だった。


「ひっ...」


アザリアは思わず声にならない悲鳴を上げ、セラフィナの後ろに身を隠した。ボロ布に包まれた体が、恐怖で小刻みに震えている。あまりの威圧感に、息をすることすら困難になった。


「セラフィナか」


王の声は洞窟の奥底から響いてくるような、深く重い響きを持っていた。石の壁が微かに振動し、天井から小さな石くれがぱらぱらと落ちてくる。


セラフィナは慌てて膝をついて頭を垂れた。


「王よ…ご機嫌麗しゅう…」


内心では冷や汗が滝のように流れていた。なぜこんな時に、こんな場所で王と遭遇してしまうのか。計画が台無しになってしまう。


「どこへ向かっている?」


王の問いかけは何気ないもののように聞こえたが、その声には有無を言わせぬ威厳が込められていた。セラフィナは必死に平静を装って答えた。


「地下の武器庫の見回りでございます。神殿軍が迫っているとのことですので、防備を確認しておこうかと」


「ふむ...」


王は満足したように頷いたが、その視線は既にセラフィナの先にあるものに向けられていた。


「今度の法力使いは、良い戦士だといいのだが」


王の声に、微かな期待と不安が混じっていた。セラフィナは困惑しながらも、相槌を打った。


「はい...?」


「前の者—ガレスという名だったか—なかなか良い戦士だった」王は遠い目をして続けた。「惜しいところまで行ったのだが、自分を殺すには至らなかった。今度こそ、もっと強い戦士を向こうには用意してほしいものだ」


王の言葉に込められた切実な願いに、セラフィナは戸惑った。だが、状況を取り繕うために言葉を発した。


「そのようなことを...王に勝てる戦士など、この世にはおりません」


「ふっ...」王は苦笑した。「お世辞は無用だ、セラフィナ」


「それでは、その法力使いとやら、王がお出ましになるまでもございません。この私が始末してお見せいたします」


セラフィナがそう言って深く跪くと、王は低く笑った。


「思ってもないことを言うな」


その時、王の視線がボロ布に身を包んだアザリアの方に向けられた。


「では、せいぜい巫女にたらふく聖火を当てておくのだな」


セラフィナの血の気が一瞬で引いた。完全に見破られている。体が硬直し、言葉も出てこない。


王はアザリアをじっと見つめていたが、やがて小さくせせら笑った。


「震えるな、娘よ。お前を害するつもりはない」


アザリアは恐怖のあまり、王の言葉すら耳に入っていなかった。ただひたすら震え続けている。


王は踵を返そうとしたが、一瞬振り返って呟いた。


「哀れな...」


その言葉には、深い同情と理解が込められていた。永遠の苦痛に囚われた者だけが知る、同じ境遇への共感だった。


重い足音が次第に遠ざかっていく。廊下に静寂が戻ると、アザリアはようやく息を吐いた。


「今...バレてたの?」


アザリアの声は震えていた。まだ恐怖から完全に立ち直れていない。


セラフィナは混乱しながらも、状況を整理しようとした。


「ええ、完全に。でも...なぜ見逃したのかよく分かりません」


「あの人、本当に怖い...」


アザリアは王が去った方向を見つめながら、まだ体の震えが止まらずにいた。


「とにかく、先を急ぎましょう」


セラフィナは立ち上がり、アザリアの手を引いた。王の真意は測りかねるが、今は与えられた機会を最大限に活用するしかない。


「もう時間がありません。地下宝物庫まで、一気に向かいます」


二人は再び回廊を進み始めた。だが、先ほどまでとは違う緊迫感が二人を包んでいた。王の視線が、まだ背中に突き刺さっているような気がしてならない。


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