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第百四話「裏切りの慈悲」



古城の奥深くにある議事の間では、残る四人の幹部たちが円卓を囲んで激しい議論を交わしていた。天井から吊り下げられた鉄製のシャンデリアが、蝋燭の炎に照らされて不気味な影を壁に投げかけている。


「もはや躊躇している時間はない」


ヴェクターが拳で卓を叩いた。元修行僧らしい厳格な顔立ちに、苛立ちの色が濃く浮かんでいる。


「神殿軍が迫っている今、あの巫女を人質に取って交渉の材料にするか、さもなくば徹底的に痛めつけて殺すべきだ」


イザベラが羊皮紙に何かを書きつけながら、冷たい声で応じた。


「確かに。あの娘の持つ五つの聖火は貴重だが、このまま手をこまねいていては我々も危険です。王はどちらを望んでおられるのでしょうか」


エクリスが美しい顔に陰鬱な笑みを浮かべて言った。


「どちらにせよ、美しく仕上げたいものですね。特に殺すのであれば、芸術的な手法で...」


モルガンは幼い外見に似合わぬ残酷な眼差しで呟いた。


「私はただ、あの女の悲鳴を聞きたいだけです。どちらでも構いません」


セラフィナは円卓の一角に座り、表面上は冷静を装っていたが、内心では激しい葛藤に苛まれていた。アザリアとの対話で見えた真実の愛。あの純粋で美しい絆を、自分の手で壊すことなどできるだろうか。


「セラフィナ、お前はどう思う?」


ヴェクターが鋭い視線を向けてきた。セラフィナは一瞬の躊躇の後、慎重に口を開いた。


「私は...もう少し時間をかけた方がよいと思います」


「なぜだ?」


「あの娘を仲間に誘えそうな気配を感じています。完全に諦めているわけではありません。もう少し心の隙を突けば、案外簡単に堕ちるかもしれません」


これは完全な嘘だった。アザリアの心がメルベルへの愛で満たされている限り、彼女が堕落することなど絶対にない。セラフィナはそれを確信していた。だが、時間を稼ぐ必要があった。


イザベラが疑わしそうな目つきで見つめた。


「根拠はあるのですか?」


「女同士だからこそ分かることがあります」セラフィナは優雅に微笑んだ。「あの娘の心には、確実に亀裂が入り始めています。ガードに対する不信と、自分の置かれた状況への絶望。それを巧く利用すれば...」


これも嘘だった。アザリアの心にあるのは不信ではなく、絶対的な信頼だった。だが、他の幹部たちは納得したようだった。


「では、もう一日だけ様子を見よう」ヴェクターが結論づけた。「だが、それ以上は待てん」


---


議事が終わると、セラフィナは足早に塔の上層階へ向かった。アザリアの監禁されている部屋の扉を開けると、彼女は窓辺で外の様子を見つめていた。


「お疲れ様でした」アザリアが振り返って言った。「また長い話し合いだったみたいですね」


セラフィナは扉をしっかりと閉め、声を潜めて言った。


「逃げる準備をしなさい」


アザリアの目が見開かれた。


「え?」


「時間がありません。今夜、あなたをここから逃がします」


セラフィナの表情は真剣そのものだった。アザリアは困惑しながらも、その眼差しに嘘がないことを感じ取った。


「でも、なぜ...?」


「あなたの話を聞いているうちに、考えが変わりました」セラフィナは窓の外を見つめながら続けた。「真の愛というものが、どれほど美しいものか思い知らされました。それを壊すことは、私にはできません」


アザリアは胸の奥が熱くなるのを感じた。


「ありがとう...本当に、ありがとう」


「感謝はまだ早いです」セラフィナは実務的な口調に戻った。「逃げる前に、城にある聖火を回収することをお勧めします」


「聖火を?」


「古式契約で能力を共有しているあなたのガードは、あなたが聖火を回収すればそれだけ強い戦士になるはずです。アンデッドの幹部たちは、これからメルベルを優先的に狙うでしょう。あなたがここで聖火を回収して増強を図った方が、彼の生存確率が上がります」


アザリアは深く頷いた。メルベルの力になれるなら、どんな危険も冒す価値がある。


「分かりました。どこにあるんですか?」


「地下の宝物庫です。私が案内します」


セラフィナは部屋の隅にあった召使用の粗末な外套を手に取った。


「これを被りなさい。召使に変装して移動します」


アザリアが薄汚れたボロ布を肩にかけると、セラフィナは満足そうに頷いた。


「完璧です。では、行きましょう」


二人は静かに部屋を出た。石造りの廊下に足音が響かないよう、セラフィナは慎重に先導していく。壁に取り付けられた松明が、彼女たちの影を長く伸ばしていた。


「セラフィナ」アザリアが小声で呼びかけた。


「何です?」


「あなたも一緒に来ませんか?こんな場所にいる必要はないでしょう」


セラフィナの足が一瞬止まった。


「私は...もう後戻りできません。あまりにも多くの血を流しすぎました」


「でも...」


「あなたのガードが…迎えに来てくれる人がいるだけでも、十分に幸せです」


セラフィナの声には、深い諦めと同時に、微かな安らぎが込められていた。


二人は螺旋階段を下り、城の深部へと向かっていく。

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