第百三話「希望の夢」
メルベルの意識は、再び夢の世界に引き込まれていた。だが今度は、これまでとは全く違う光景が広がっている。
アザリアが肌の白い女性に連れられて、石造りの回廊を歩いている。その女性の後ろ姿は優雅で、どこか見覚えがあるような気がした。二人は何かを探しているようで、やがて奥まった部屋で聖火の輝きを発見する。
「ここです」
白い肌の女性が指差した先には、七色に輝く聖火のかけらが安置されていた。アザリアは慎重にそれを回収し、胸の奥にしまい込む。
場面が変わって、メルベルは馬にまたがって城に向かって疾駆していた。目前には現在の軍隊が展開している目的地の城がそびえ立っている。道中、下っ端のルカヴィたちが襲いかかってくるが、馬上から剣を振るって次々と蹴散らしていく。
城の広場では、強力そうなルカヴィが神殿戦士たちを一方的に痛めつけていた。メルベルはその戦場に乱入し、ルカヴィと激しい一騎討ちを繰り広げる。周囲には戦士たちが殺到し、大規模な戦闘が展開されている。
そのどさくさに紛れて、アザリアは白い肌の女性と一緒に城の後方へと脱出していく。振り返ったアザリアの顔には、安堵と希望の表情が浮かんでいた。
夢の中のメルベルは、今までにない幸福な達成感に包まれていた。アザリアが救われる。それも、自分が戦い抜くことによって。これまでの悪夢とは正反対の、希望に満ちた未来の光景だった。
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メルベルは静かに目を覚ました。テントの外では、神殿戦士たちが朝の準備を始める気配がする。だが彼の心は、まだ夢の余韻に浸っていた。
「自分の戦場は、ここではない...」
呟きながら、メルベルは夢で見た月の形を思い返した。あの月の満ち欠けから判断すると、時間はまだ二日ほどの猶予がありそうだった。
おそらく城の内部に、アザリアの味方をする存在がいるのだろう。それによって脱出が可能になるはずだ。夢で見た白い肌の女性は、間違いなくその協力者に違いない。
これまでメルベルは、夢の内容を一人で抱え込んで行動に移していた。誰も信じてくれないと思っていたし、異教徒の迷信として片付けられることが分かっていたからだ。
だが今は違う。悪夢の内容を真剣に聞いてくれるアジョラという存在がいる。
メルベルは静かにテントから出ると、アジョラの天幕に向かった。護衛の神殿戦士が警戒の視線を向けたが、アジョラが手を振って下がらせる。
「どうしました?また夢を見たのですか?」
アジョラの声には、夫ガレスに向けていたような優しさが込められていた。メルベルは頷き、慎重に口を開いた。
「今度は...これまでとは違う夢でした。希望のある夢を」
メルベルは夢で見た光景を、一つ一つ丁寧に説明していく。アザリアの救出、白い肌の女性の協力、そして自分の役割。アジョラは黙って聞いていたが、その表情は次第に深刻になっていった。
「なるほど...二日後に、あなたが馬で城に向かうということですね」
アジョラの内心では、複雑な思いが渦巻いていた。一方で、この夢の通りに行動させると、メルベルがこの戦いで死ぬのではないかという不安があった。そしてその結果、アザリアの心に致命的な亀裂が入る可能性がある。
微睡の魔王の復活。それは絶対に阻止しなければならない。
「メルベル」アジョラは慎重に言葉を選んだ。「夢では、あなたは馬に乗っていましたね?」
「はい」
「ということは、あなたは一旦後方の馬のいる地点まで下がっているはずです」
メルベルは少し困惑した表情を浮かべた。
「この廃村まで前線を押し上げています。私も突出しすぎました。後詰が来たら、一度下がりましょう」
「ですが、アザリアが...」
「二日後です」アジョラは強く言った。「夢でもそう見えたのでしょう?急ぐ必要はありません」
メルベルはあれこれと文句を言いたそうだったが、アジョラの「馬に乗っていた」「攻撃は二日後」という言葉に説得され、渋々了承した。
「どうやら夢の内容からすると」アジョラは説明を続けた。「この少数精鋭の部隊編成はあまり意味がないようですね。結局は後から来る大部隊での展開によって城を攻撃することが明らかですから、我々はもう引き際です」
メルベルは内心で微睡の魔王への強迫観念に駆られていた。アザリアを助けるために自分が戦い、微睡の魔王の手下になる前に自分が死ななければならない。それが運命なのだと信じ込んでいた。
だがアジョラの冷静な分析を聞いていると、確かにその通りかもしれないと思えてきた。
「偉大な友人であるアザリアを救うためです」メルベルは静かに呟いた。「旅の仲間を見捨てるわけにはいきません」
アジョラはその言葉を聞いて、微かに安堵した。恋愛感情ではなく、深い友情。それならば絶望の度合いも多少は軽減されるかもしれない。
「分かりました。では、後詰の到着を待って、改めて作戦を練り直しましょう」




