The show must go on-06-
06
「段取り八分って言葉知ってますか?」
少年の澄んだ声が比較的大きな声で廊下に明るく響いた。
もう、目の前の角を曲がれば目的地、というところで、君影、志智、多喜の三人はピタっと歩みを止めた。
「こえぇ! 絶対白人の皮を被った日本人だよシュティ…」
「なんという小姑や…」
「機嫌悪そう…」
お迎えもあと一人を残すところになって、起きている人間を拾いに行くだけの簡単な作業のつもりだった三人は、予想外に入るタイミングの難しそうな場面に行きあってしまった。
シュティア・L・シュレダー、年齢十四歳。同じくI.O.Lプロダクションに在籍する子供タレント。
通称シュティ。ふんわりくせ毛の金髪に大きな碧眼を持つ壁画の天使のような顔立ちの少年なのだが、彼は本来なら国の研究機関にいなければならないほど明晰な頭脳の持ち主で、ちょっとした家の事情があり、ここ日本の僻地でタレントとして活動している。
「シュティが並みの日本人よか流暢に日本語喋るのは今に始まったことじゃないやん君くん何いってんの」
志智が最初に目の前の角を曲がったら見えるであろう光景から目をそらした。緊張に耐えられなかったのだ。
「この間、シュティの兄さんが『ドリフは日本のコメディアンの真骨頂~!』って叫んでた…ような気がする」
続いて多喜も、志智の尻馬に意図的に乗る。
「あぁ、そういえば、あいつの家の執事も日本人だしな~。『志村』って名前じゃなかったっけ、ケンさんケンさんって呼んでる奴」
問題から逃げては駄目だ! と君影の理性は叫んでいたが、君影も結局現実逃避の脱線に乗った。
「あ~そういえば…、ヒデミさん志村って苗字だったかも」
多喜が、シュティの家の執事の下の名前をさらっと出す。シュレダー家はイギリス貴族に名を連ねる家系で、シュティ自身、教育は兄の意向でアメリカで受けていたが、純粋にイギリス人だった。
「ヒデミ? 志村さんケンじゃないのか?」
「ちょ、君くん今まで知らなかったん!? 二年も一緒にいて」
志智は爆笑しそうになった自分の口を慌てて両手で押さえる。
「志村にケンさんじゃぁ、あまりにもできすぎやろ~。志村さん、志村って苗字だったからシュティん家に雇われてんのや。親代わりのジョシュアが親日家過ぎたのがシュティの不幸の始まりやな」
口元を押さえ、必死に笑いをこらえながら志智は説明をした。
「俺、ずっと志村さんはケンさんだと思って疑ってなかった!」
あまりの衝撃に君影は三十秒ほど固まった。
「いや、シュティの家の話はどうでもいいんだよ…。負けるな俺。シュティが白人の皮を被った日本人だろうが、執事が志村だろうがそんなことはどうでもいい」
脱線が本格的になる寸前で、君影は立ち直った。「問題は、誰がどうやって割り込むかだ」君影は真面目にそう続けた。
「君くんさぁ、お迎え係なんだから、ちゃっちゃとシュティに電話しちゃって?」
速攻で志智に一蹴されてしまった。
正直なところ、シュティはともかく相手をフォローするために出て行くのが嫌だったのだ。シュティという少年は、貴族出身なだけにやたらとプライドが高い上にIQも高いそして口も達者だ。しかし、それでも理不尽に相手を責めたりはしない。相手によほど腹を据えかねた、ということなのだろう、そういう相手を弁護しつつシュティから引きはがすのは、労力がかかる。
「おや、皆さんおはようございます、こんなところでコソコソと何をやっていらしたんですか?」
ところが、目の前の角から、シュティ本人がやって来たのだった。