The show must go on-02-
02
本州からほんの少しだけ離れたとある島…。
それが今現在の君影がいる場所だ。
一旦デビューをしたもののメジャーデビューのチャンスを掴みかけたところで活動ができなくなり、その後は、実家に帰ることをせず東京の片隅で細々とバーテンダーをしていた。あの頃からもう約二年になる。
随分と様変わりをしてしまった、景色も、環境も自分も。
君影は、自分の部屋を出てマンション内の廊下を歩いていた。
このマンションは、職住近接の考え方から隣に建っているテレビ局に付随する高級ホテルといった趣で作られている。個室ラウンジ、貸し会議室、フィットネス、来客対応…あらゆるニーズに対応できるようになっており、プライバシーの配慮の観点から、外を出歩かなくてもテレビ局はおろか、他のエリアへ行くこともできるようになっている。
ただ、意図的に外に出ない限り外の空気に触れられない点が思考に閉塞感を生んでしまう。従って考えることがどうしても内に向かってしまいがちなのが難点だ。
(すっかりオカン役が定着しちまったな…)
I.O.Lプロデュースの社長の誘いに乗って島に来てからかれこれ二年、様々なレッスンをこなしつつ、そして様々な職種の四人のタレントと一緒に一つのグループとしてプロモーション活動に勤しんでいるうちに、いつの間にか君影がまとめ役になってしまっていた。
昔だったら、メジャーデビューを控えた自分が、いくらマネージャーが頼りないからといって、他のメンバーのピックアップ…迎えに行くことなど考えもしなかっただろう。
まぁ、そんな自分が嫌いではないんだけども…とひとりごちた。
今日の段取りは、自分が三人のメンバーを拾って会場に入る、会場内で他の客に混ざって待機し、式典の時間に合わせてヘリコプターで会場まで乗り付けて来るプロダクションの社長と社長のエスコート役のメンバー一人が華々しく登場したところに舞台上で合流するということになっている。
電話をかけてきた頼りのないマネージャーは会場での受け入れ担当だ。
君影は腕時計で時間を確認した。
「…多少早いけども、まずは、志智から拾うか…」
西明志智、年齢二十歳。同じI.O.Lプロダクションに在籍するお笑いタレント。
君影は、年齢が近いせいなのか他のメンバーよりも自分と同じ目線で喋ることができる、お笑いとは思えない澄んだ蒼色の髪をした爽やかさが売りの流行のイケメン高学歴な二世タレントの顔を思い浮かべながら、若干歩みを早めた。
志智の携帯電話が鳴った。
着信画面を見るまでもなく、志智は相手が君影だと分かった。
リビングのソファーに片足を抱くように座りながら、左手で趣味のカウチポテト用にハードディスクレコーダーに録画したい番組を取捨選択していた志智は、リモコンをローテーブルの上に置くと変わりに携帯電話を取り上げた。
あの世話焼きロックミュージシャンは、志智のイメージで作ったという着メロをご丁寧にも君影自身で使うだけではなく志智にもメールでよこしていたからだ。意外とキッチリ志智好みに作られていたのでうっかり志智も君影からの着信音に使ってしまっていた。
『しーちーくん、あ~そび~ましょ~』
通話ボタンを押すなり、地を這うような声で君影が喋った。一瞬、通話終了ボタンを押してもいいかなと志智は思ったが、用件は分かっていたので会話に応じる。
(漫画の読み過ぎだ、漫画の)
「すまんな~、おっちゃん今日は忙しゅうて、遊びにいかれへんのや、帰ってくれる~?」
『なんだそれ、ノリ悪ぃな~』
「ノリ悪いも何も、そっちこそいきなり気持ち悪いっちゅーの。何やのもう、今どこにおるん?」
『玄関』
「どこの~?」
『お前んちの』
志智はリビングの壁掛け時計を見た。
「早過ぎるわボケ!!」
君影は予定の時間より30分以上早かった。
そこからの志智の行動は早かった。
通話を切らず無言のままダッシュで玄関まで駆けて行き玄関のドアを勢い良く大きく開いた。自分が驚かされたから、意表をついて驚かそうという意図で…、もちろん、玄関のドアの向こうの君影に当てるつもりだ。
「うわっと! おまっ…! 何すんだよあぶねーだろこの七輪野郎!」
携帯電話を耳に当てながら寸でのところで君影は後ろへ飛び退いた。
「んだと? 人を練炭炊く道具みたいに言うなや、この老人系超朝型野郎! ちったー人の迷惑考えろっちゅーの」
互いに憎まれ口を叩き合いながらも、志智は「まぁ、入っとけば?」と君影を室内へと促し、君影もまた勝手知ったる他人の家とった風情でリビングに置かれたソファへと腰を下ろした。
「ちょ、そこで待っとけよ~?」
志智はというと、リビングのソファへは腰を下ろさず出かける用意をするためにベッドルームへ向かう。
「何か適当にビデオ見てもいいか~?」
「えぇよ~、勝手に何か見てくつろいどいて~」
君影の声が背中から追いかけて来たので、志智は振り向かずに片手を振りつつ答えた。
きっちり三十分使って用意を済ませた志智はリビングに戻って君影に聞いた。
「次は誰んとこに行くん?」
「寝坊助なガキんちょ。…にしても遅かったな」
「な~に~が~?」
ぴきっとこめかみに青筋を浮かべながら一音一音間延びさせて志智は答えた。もちろん、君影の意図は分かっている。
予定時間より早く来すぎる方が悪いのだ。
「用~意が~」
君影も志智と同じ要領で答える。
「仕方ない、おれ、お洒落さんだもん」
悪びれずさらっと志智は答えた。確かに、志智の服装は雑誌に出てくるようなアイテムで構成されていた。
というか、日頃「シイラはオレのお母さん!」と言ってはばからない、シイラデザインのお気に入りの蒼系アイテムで上から下までばっちりキメているつもりだ。
「そっか、次は多喜かぁ」
寝坊助なガキんちょという表現で、志智は次に迎えに行くのが春日多喜だということを察した。
時間がかかりそうだなぁ、と志智は思った。
「おれ、多喜の後に呼びに来て貰っても良かったんじゃない? おれ車で待ってようかなぁ」
「時間のかからなさそうな仕事は先に片付けて、時間がかかりそうな方へ時間を割くのが基本だろ。すぐ近くなんだから一緒に来いよ」
そういうことか? と首を傾げた志智に、君影はにやりと笑った。
「旅は道連れ世は情けってな」
「はぁ? 道連れって素直に言えばえぇやん」
むしろ、一蓮托生なんだな…と志智は肩を落とした。